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さぁ、と潮風が髪を撫でる。
初めてアジトへ行く時に船に乗ったのが随分昔に思えるが、実際は然程時間が経っていない事に気がついた。
ふといつもの癖で鎖骨近くにある鱗を撫で、普段と違う感覚に気づく。

(あぁ、そうだった、あの白衣からつけろって言われたんだよな)




「貴方達、一応これ着けて行きなさい」

そんな言葉と共にクロエから渡された物体に、アル、アッシュ、カイの三人は首を傾げた。

「え、何これ…?」

「摸造皮だよ、俺とクロエで作ったんだ。
ユカの話じゃ、身体検査が厳しいらしいからな。
これで鱗隠しておいた方がいいだろ?」

表向きは商業都市だが、その実ドラゴンスレイヤーの研究機関であるサグゼンは街に入る前の身体検査が厳しい。
その際に竜人族である彼らの鱗が見つかってしまえば大事になるのは火を見るより明らかだ。
アッシュの問いに答えながらロイドは、お前には必要無いかもしれんが、と一応ソウにも同じ物を渡す。
受け取ったソウは、少し興味深そうな顔をして摸造皮を観察し、
「……良く出来てるな」
と一言だけ感想を零した。

「ふむ、ならば我らも姿を変えた方が賢明か」

「そうだな、いくら鱗を隠してても竜連れてたんじゃ意味無いし」

それまで黙って話を聞いていたリオウの提案に、ロイドは頷いた。
ナデシコが普段ブレスレットに姿を変えているようにリオウとウェンディも変身した方が安全だろう。
そういう経緯もあって、現在ウェンディは雫がついたネックレスに、リオウは元々アルが嵌めていたシルバーリングに、それぞれ姿を変えていた。



出発前のそんな些細な出来事を思い出したアルだが、一つだけ気になる事があった。

(……あのアホ、ほっとんど喋ってねぇよな)

恐らく、ソウが目覚めてからだ。
アッシュはソウに対する後ろめたさのせいか、何処か元気がない。

(まぁなんだって良いんだが…いつまでもうじうじされるのは勘弁だな)

はぁ、とため息を吐いたアルの横を他の乗客が通り過ぎて行った。
その時彼らの話し声が風に乗ってアルの耳に届く。

「おい聞いたか、政府に反抗してる奴らがこの間一斉襲撃されたって」

「あぁ聞いた聞いた。
全く、ドラゴンスレイヤーに刃向かうなんて馬鹿な奴らもいたんもんだ。
確かに今の政府は独裁的だが奴らと戦おうとは思わんよ」

「噂じゃ、全滅を免れたとこもあったらしいが…まぁあの竜人族でも敵わなかったくらいだ、きっと誰にも世界は変えられないだろうよ」

(……誰にも世界は変えられない、か)

「…アルフレッド」

「うおっ!?」

突然誰もいなかったはずの隣から
声がして、驚いて隣を見るといつの間にそこに居たのか、ソウが立っていた。
気配に敏感な自分が彼が近づいてくる事に気づかない程思考に没頭していたのだろうか。

「なんだお前か……どうかしたのか?」

「いや、特に用という事もないが。ただ姿が見えなかったから」

そう言ったっきり、彼は口を閉ざす。
何を考えているのか分からない無表情の彼からは、イアルの気配は微塵も感じられなかった。

「なぁ、ソウ。
お前は本当にやれると思うか。
世界を、変えられると思うか」

ふと零れたアルの問いに、ソウは前に向けていた視線をちらりとアルに移した。
そのままもう一度視線を前へと戻すといつもと変わらない口調で答えた。

「…まず無理だろう」

「手厳しいな」

「あれだけの力を見せられて尚大丈夫だと言う奴は嘘つきか、自分の力量すら測れないただの馬鹿だ」

ソウはひたすら淡々とした口調で語る。
そこに諦めや絶望の色は無く、ただ事実を指摘している様だった。

「だが、それは現状での話だ。
これから行く先でお前達のリミッターが本当に外れるのだとしたらその力は未知数だ。
可能性はぐっと高くなるだろう」

あくまで可能性だが、と付け加えたソウはアルの銀色の瞳を真っ直ぐに見つめた。
そのぞっとする程に透明な、深い青色から彼の心情を読み取る事は出来なかった。

「変えられるかは分からない。
だけど、やらなきゃ絶対に変わらない。
そうだろう?」

「…そうだな」

「それに、俺が今ここで絶対に無理だから諦めろと言ったらお前は諦めるのか?」

「………いいや」

どのみち俺達は進むしかないだろう、とソウは僅かに笑いながら言う。
一度彼らと剣を交えてしまえば、もう後戻りは許されない。
後はもう、どちらかが倒れるまでやるしかないのだ。
珍しく饒舌なソウの言葉に、アルは小さく頷いた。

「それもそうだな」

迷ったところで、自分達に残された道は一つしかないのだ。
最後に残った方が勝ち。
シンプルで分かりやすい、と思った。
そんなアルを見つめていたソウはアルフレッド、と静かに名前を呼んだ。
潮風が、ソウの薄茶色の髪を揺らす。

「あ?」

「……見失うなよ」

「は?」

話が読めなくて、アルは内心首を傾げる。
一体この不思議な青年は、何を言っているのだろうか。

「お前の守りたいものは何なのか、敵は誰なのか。
それを忘れるな」

「……」

言いながらソウはアルに背を向け、船内に足を向けた。
そのまま歩き出すが、数本歩いた所で一度足を止めて顔だけアルを振り返ってニヤッと笑った。

「手前の居場所は手前で掴めよ、新人」

「お前……っ!?」

覚えのある口調と気配に目を見開くアルを他所に、彼はひらひらと手を振りながら船内へと戻って行った。

サグゼンは、目の前だ。

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