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‡ ‡ ‡

サグゼンへ出立する日の早朝。
東の方が橙に滲みつつも未だその多くは紺碧に静まっている空を見上げ、祖竜を見た夜と同じ場所にアルは佇んでいた。

「早いな、アルフレッド」

名前を呼ばれて振り返ると、後ろにはソウが立っていた。

「……お前もな。
身体はもういいのか?」

「ああ。
もう傷も完全に塞がったし熱もない」

「そうか、そりゃ良かったな。
サグゼンに行く直前にまで白衣に追いかけられずに済む」

からかう様に言うと、目が覚めてからの数日を思い出したのかソウは少しだけ気まずそうに笑い、

「それは……俺もごめんだからな」

と返した。


サグゼン行きが決まってからソウが目覚めるまでの2日、そして傷の回復、アジトのある程度の復興もろもろで結局一週間が過ぎていた。

ソウの傷は通常ならあり得ない速度で癒え、クロエも目を見張るほどだった(それでもソウが完治前に医務室を脱け出しては復興の方に回ろうとするので、クロエが楽になることはなかったが)。
その驚くべき治癒力も含め、自称彼の裏人格たるイアルという青年については誰もが聞きたいことばかりであった。

が。

アルはちらりと、外に視線を向けているソウを見て、彼が目覚めた後のやりとりを思い出す。

コンコン

「クロエ、入るぞ」

ジャックとスミレを退けてから2日後。

"ソウが意識を取り戻したけど、安静のため話は明日の午後に"

そう書かれたメモが夜に渡され、翌日同じものを受け取ったらしいアイリス、ユアンと共に、竜人族の三人は医務室を訪れていた。

アイリスがノックをして扉を開けると幾分疲れた顔のクロエが奥から現れた。

「一応さっき診ておいたけど大丈夫ね。
この前の瀕死状態が信じられないくらい傷の治りが良いわ。
ただまあ……」

「どうした?」

「正直寝ててくれた方が診察しやすいわ……」

はぁ、と小さくため息を溢したクロエは

「あまり長い時間は駄目よ。
本来ならまだ休ませたいところなんだから」

と言って奥へ進み、一つ閉じられているベッドのカーテンを開けた。

「ソウ、面会よ」

ソウはベッドの上に身を起こし、何かを聞いているのかヘッドフォンをして目を閉じていた。

かけられた声に顔を上げ、一瞬驚いた様に目を見開く。
顔色は良くはないが彼に限ってはいつものことだった。

「…………ソウ、だよな?」

イアルのことが脳裏にちらついてか、恐る恐るユアンが尋ねると、ソウは訝しげ彼を見た。

「……そうだが。
俺は誰か認識出来ない程の傷でも顔に負っているのか?」

治療された跡は見受けられないんだが、とソウは顔の所々に手をやって確認する。

「ああいや!
違うんだけどな…ははは」

「……?」

「そ、それよりソウ、体調はどうだ?」

「問題ない、もう動ける」

「駄目よ、まだ完治じゃないしふらふらでしょう」

「…問題ない」

「あります」

「…ない」

クロエから目を逸らしながらもそう言い切る彼はまごうことなくソウであった。

「そうか、まあ目が覚めてくれて本当に良かった。
まだあまり無茶はするなよ。
また倒れたら元も子もないからな。
それで…」

「お前、二日前のことは覚えてるか?」

「二日前…?」

本題の進まない会話に痺れをきらしたアルがアイリスの言葉の先を奪った。

「あぁ…クロエから二度目の襲撃があった、とは。
無事な様で良かった。
そんな時に寝ていてすまない…」

「…寝て…ですか?」

「寝ていた、というのは語弊があるかもしれないが。
意識がなくて何も出来なかったなら同じだろう」

カイが軽い驚きと共に確かめる様に聞き返すと、ソウは淡々と的外れな返答をした。

「何があったのか聞かせて欲しいんだが……何だ?」

皆が落胆と安堵を混ぜた妙な表情で顔を見合せたのを見てソウは困惑した様に尋ねるも、

「……いや、なんでもねぇよ。
そうだな、どこまで覚えてるんだ?」

とアルに流された。

「…スミレとかいうドラゴンスレイヤーに刺された先はわからない」

「ああ、そこは俺もあまり知らないからな。
おいアイリス、説明してやれ」

「あ、ああ………」

その後、皆からソウに倒れた後の話を一通り手短に説明された。

しかしイアルについては話題に触れなかった。
触れられなかったという方が正しいかもしれない。

説明の最中、さりげなくソウの記憶を確認してみたが、やはり彼にはまるでイアルの記憶はない様だった。

『思い出さない方が良い』

イアルの言葉が皆頭に残っていた。

自然、ドラゴンスレイヤー等を退けたのは、アルとリオウが主で、その他色々あってという曖昧な形にぼかされたのだった。


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