滑らかな絹のシーツに剣城の体をそっと倒すと、松風はその上に跨がり、剣城を真っ直ぐに見つめた。いつ見ても、深雪みたいに澄んだ瞳だと思った。

「俺、剣城の事ほんと好きだよ。大好き。好き過ぎて怖いくらい。だからきっと、剣城が居なくなったら死んじゃうんだ。────皆の前じゃ5秒すら目を合わせてくれなくても、未だにセックスさせてくれなくても、俺は剣城が好きだよ。ねえ、剣城は俺の事どう思ってるの?…愛してる?俺の愛は重い?」

ゆっくりと、一言一言に想いを乗せ囁いた松風は、剣城のくるんとした揉み上げを指で優しく辿った。剣城は薄く開いた唇の隙間から空気を吸うと、錆び付いた喉を震わせた。

「…正直、俺は少し疲れている。お前が何も知らないからだ。お前が俺宛ての手紙を黙ってシュレッダーに掛けたり、毎日欠かさず俺の携帯の履歴を確認しても、俺は文句なんて言わない。でもお前は………、お前は何も 知らない」

剣城は普段より一層低い声で、抑揚が無いながらも、悲痛な思いを滲ませた。剣城はこんな時まで純朴で在り続ける、自分を見つめる青い瞳が少し憎かった。
松風は長い睫毛を二、三度瞬かせると、僅かに首を傾げた。

「俺の愛はマリアナ海溝より深いよ」

可笑しな台詞を大真面目な顔をして言う松風から、剣城は敢えて視線を反らした。
こんなのいつもの事なのに、どうしようもなく胸が揺さぶられるのはどうしてだろう。

「好きだ」
「え?」
「好きだっつってんだよ」

もう幾度と無く繰り返したその言葉は、随分と軽くなってしまった気がした。もっと大切で重い言葉だったはずなのに。それでも剣城は、愛の言葉を告げ続けなければならなかった。

「やだ、分かんない。剣城が俺だけの物じゃなきゃ嫌だよぉ」

だから、そうやって瞳をうるうるさせるのを止めてくれ。そう剣城は思った。どうせ涙なんて流さないと知りながら、その度激しく動揺してしまうから。
好きだと言えば分からないと言うし、嫌いだと言えば偽りの笑みを浮かべる。そんな事を続けているから、二人の関係はいつまでも平行線だった。我が儘とか、そういう問題じゃない。剣城自身は、もう自分はとっくに松風の物だと思っているのに。もどかしい。

「じゃあどうしたら信じるんだよ……」

はあと溜め息を吐けば、松風は傷付いた様な顔をした。しかし、傷の多さなら剣城だって全然負けてない。
松風は、シーツをぐしゃりと掴むと、強い口調で言った。

「此処からマントルくらいまで愛して」

それはまた突拍子も無い。毎度の事ながら、よくすらすら思い付くなと思った。剣城は表情を変えずに口を開いた。

「さっきはマリアナ海溝って言ってただろ」
「それは俺の場合だよ。剣城の場合、夢はでっかくマントルね」

夢はでっかく…ね。マントルまでの距離ってどのくらい?
この間理科の授業でちらっとやった気がする。でもその時、剣城は窓の外を眺めるばかりでノートすら取っていなかったから、知る術は無い。
剣城は松風のワイシャツの襟を掴むと、そのままぐいと自分の方へ引き寄せ、降りてきた唇にキスをした。剣城は瞳を閉じて感じ入るが、松風は凍った様に動かなかった。

少しして重ねただけの唇を離すと、剣城は瞳を開き、再び松風を直視した。舌を入れて来ないから乗り気じゃ無かったのかと思ったが、そうでは無いらしい。松風は口の動きだけで「好き」と告げると、幸せそうにはにかんだ。それには剣城も自然と顔を綻ばせた。剣城は松風の両肩を押し戻すと、自らの上体を起こした。案外あっさりと退いた松風を、至近距離から見つめる。

「下脱げよ。今日は特別に口で抜いてやる」

いきなりベッドに押し倒してきたと言う事は、つまりそういう行為がしたいという意味だ。普段なら、未だ松風に体を許していない剣城は、手で彼のものを処理してやっていた。が、今日は何だか奉仕をしてやっても良い気分だった。
絆されてる。男のぶつをくわえたいだなんて、末期も良い所だ。

「ええ、本当!?…嬉しいけど、剣城凄い上手いからさあ………」

何だその間は。
フェラチオが上手いなんて、全然嬉しくない。
松風は剣城に、意味有り気に視線をちらちら送った。剣城は嫌な予感がしたが、それでも先を促した。

「何だよ」
「…………うん、俺以外ともしてるんじゃ無いかって…」

ああくそ、萎えた。

「お前、どれだけ酷い事言ってるか分かってんの」

松風に疑われるのには馴れていたが、不貞を疑われるのは流石に辛い。松風は慌ててごめんねごめんねと繰り返した。
謝ったってまだ疑ってる癖に……。
剣城は分かっていた。どうやったって、松風は自分を信用しないのだと。しかしそれは仕方ない。それでも好きでいる自分が悪いのだ。剣城は瞳に決意を宿し、松風の胸を強く押した。
「わっ」という声を上げて、今度は松風がベッドに沈む。

「臆病者め」

剣城は松風の上に覆い被さると、すかさず彼のズボンを一気に引き下ろした。




Private Girl