くるくる変わる表情を、いつまでも見ていたいと思った。

(あ、頬を膨らませてる。まるで栗鼠みたいだ。)
(今度はムッとした顔。でも口元は緩んでいる。)
(ついにお腹を抱えて笑い始めた。何がそんなに面白かったんだろう。)
知りたい。お前の事は何でも。

俺は先程から、少し離れた場所にいる天馬をじいと見つめていた。天馬は剣城を除いた一年と、休憩時間の今、楽しそうに話していた。会話の内容は分からないが、俺は純粋に羨ましいと思っていた。いくら信頼し合っていても、所詮は先輩後輩という関係。同等になる事など出来やしないのだ。だが、俺は現状を不満になど思っていなかった。何故ならこの距離が最も理想だと知っているからだ。
一年の輪の中で、あははははと笑い声を上げている天馬は突然気付いた様に後ろを振り返った。その視線の先には、立ったままドリンクを飲む剣城。天馬は駆け足で剣城に近付くと、身振り手振りを交えて話し出した。剣城も黙ってそれを聞いている。俺は無意識の内に眉を寄せた。
剣城の事は嫌いじゃない。一悶着有ったにせよ、今では名実共に雷門のエースストライカーである。真面目で、不器用だけど真っ直ぐな、可愛い後輩だと思う。だが───────

隠し通せていない、穏やかな眼差し。剣城が天馬に恋をしているのは、火を見るより明らかだった。それに天馬だって..

「あ、キャプテン!」

自分を呼ぶその声に、俺は直ぐ様汚い感情を隠した。花が開いた様な笑顔でこちらに向かってくる天馬に、俺は僅かな笑みを浮かべる。天馬の肩越しに剣城が背を向けて歩き出すのが見えた。俺は愚かにも、束の間の優越感を得る。

「どうした?」
「あの、俺の化身、何だかもっと力を出したがってる気がして…」

きらきら光る、純朴な瞳。俺には眩しすぎると分かっているのに。

「化身が?…うん、じゃあ一緒に特訓してみるか?」

先程剣城と話していたのはこの事だったのか。剣城は天馬に、何と返したのだろう。
俺は嘘が上手いと思う。こうやって、良い先輩ぶって、実際の俺はもっと汚い感情に支配された、ただの人間だと言うのに。

「はい!ありがとうございます!俺、頑張りますから!」

俺は力強くああと頷いた。
こいつは本当にサッカーが好きなんだな。そんな気持ちを、俺は利用する。少しでも、天馬の側にありたいから。邪な気持ちだって、良いじゃないか。




5対5のフットサルを行う事になり、天馬と剣城は同じチーム、俺は天馬達と戦う事になった。直前に準備体操をしている天馬を見て、やっぱりあいつは可愛いと思った。何と言うか、ふわふわしている。かと言って女子みたいでは無く、ちゃんと芯が通ってるのだ。

試合が始まって、俺は気持ちを切り替える。仲間に指示を出して、自分も積極的に攻める。だが、死角から駆けてきた剣城に、後ろで競り合っていた倉間がボールを奪われてしまう。

「戻るぞ!」

俺も急いで戻るが、流石剣城。足が速い。西園をあっさりと抜いた。しかしそこに天城が立ち塞がる。よし、止める。そう思った時だった。

「松風!」

剣城の素早いパスが逆サイドにいた天馬に渡る。まずい!天馬がフリーだ。俺の走りも虚しく天馬は力強くシュートを放ち、ゴールの隅を貫くボールに、三国さんの手は届かない。ネットを大きく揺らしたボールは地面に転がった。天馬がガッツポーズを決めた。

「よっしゃー!」

天馬のゴールを見届けた剣城が愉快そうに踵を返すと、天馬がその後を追う。

「ねえゴール決めたからご褒美頂戴」
「意味分かんねえ…」

歩く旅ゆらゆら揺れる剣城の髪を、天馬は満面の笑みで見つめていた。剣城は両手をポケットに入れたままポジションに戻る

「良いじゃん、ねえ剣城ぃ〜」

俺は正直二度見をしてしまったのだが、天馬は気軽に、剣城の尻をぽんと撫でた。そして剣城はジトッと天馬を睨んだ。もしかして一年の間で流行ってる遊びなのだろうか。正直、良い気はしない。あんな距離で話す事なんて、俺には出来ないから…。悔しさを抑える為に拳を強く握った。嫌だ、醜い。剣城は何にも知らないのだ。積もり積もっていた物が溶けて行く。
俺は少しだけ、あいつに意地の悪い事をしたくなった。