俺は目の前に置いたメロンソーダを手に取りながら、向かいの席に座る天馬くんを見た。天馬くんはレタスにトマト、チーズの他にパテーが三枚も重ねられた分厚いハンバーガーを頬張りながら、俺の視線に気付くとにっこり微笑み返してきた。それに対し、俺はぎこちなく口角を上げるだけに留めて、何となく視線を外した。ストローに口を付け吸えば、口一杯にパチパチ弾ける甘い液体が広がった

「狩屋は本当食べないね〜ファーストフード嫌い?」
「そんな事無いけどさ」

天馬くんのトレーにはLサイズのポテトとコーラ、おまけにサイドメニューのチキンナゲットまで乗っている。それに対し俺にはトレーも無く、このメロンソーダだけである。天馬くんの頼んだ量は、中学生男子にしては普通なのだろうが、俺にはどうも手が出なかった。それはここ最近しょっちゅう彼とこうして、放課後ファーストフード店に入り浸っているからに他ならない。

「ねえもう何度目かも知れないけど、何で俺を誘うの?」

俺と天馬くんは仲が悪い訳では全く無いが、かと言って放課後しょっちゅう寄り道する仲だろうか。いいや、そういうのは信助くんとか、剣城くんの役目だ。たまになら分かるが、この頻度は明らかにおかしい。最初は何か話があるのかと思っていたが、そうでは無いらしい。だって彼はいつも同じハンバーガーセットを頼んで、同じ様に他愛も無い話をするだけなのだから。

「ええ、狩屋といるの楽しいからっていつも言ってるじゃん」

屈託の無い笑顔でそうきっぱり言われてしまえば、俺に反論の余地は無かった。既に半分程になったメロンソーダに刺さる、透明なストローの先で、俺は中の氷をガシガシ突いた。
俺の思い違いならそれに越した事は無いが、天馬くんのこの行動には、何か裏が有るような気がしてならなかった。長年他者を傍観してきた人間の勘ってやつかな。

「ねえ狩屋」

それは天馬くんにしては珍しい、とても落ち着いた声音だった

「何、天馬くん」
「狩屋はさ、剣城の事どう思う?」
「剣城くん?えー別に…クールだな、としか…」

俺は咄嗟に剣城くんの顔を思い浮かべる。俺の中で彼のイメージは、クールでストイックな一匹狼って感じだ。あと意外に結構真面目。

「そっかー」
「つか、何で俺に聞く訳?俺剣城くんに全然相手にされねーし」

事実、俺が話し掛けたって剣城くんは、軽くかわすか、曖昧な相槌を面倒臭そうに打つだけだ。剣城くんが仲良いのって天馬くんくらいじゃないの?部活でも、学校でも。
俺は質問の意図を知りたかったけど、天馬くんは話す気が無さそうだ。俺は仕方なく残りのジュースを飲み干そうとストローで吸っていると、いきなり天馬くんが、机に置いていた俺の手に手を重ねてきた。俺はびっくりして思わず体を跳ねさせた。その拍子にストローが口から離れてしまった。

「な、何だよ…?」

俺が恐る恐る声を掛けると、天馬くんはじいと俺を見つめてきた。何だこれ
俺は最高に居心地が悪くて、覆い被さる天馬くんの手を揺すって退かそうとした

「まだだめ」

その瞬間、俺の手の甲は天馬くんによって強固に握られてしまった。これでは振り払えない。

「はあ?意味わかんね…」

こんな所誰かに見られたりしたら、まず間違い無く誤解される。この店は雷門生の溜まり場みたいな所だから、余計にまずい。俺はジュースを机に置き、本格的に天馬くんの手を剥がしに掛かろうとした。

「窓の外見てよ」

唐突にそう言われ、俺は反射的に窓の方を見ていた。
そして俺は、今度こそ本当に、心臓が飛び出るくらい驚く事になる。

直ぐそばの横断歩道の前に、一際目立つ紫色の制服。剣城くんだ。彼はポケットに両手を突っ込んだまま、棒立ちで此方を凝視していた。直ぐ様俺は慌てて手を剥がそうとしたが、天馬くんがそれを許さない。どっちにしろ、もうばっちり見られてしまった訳で、手遅れだった。俺は剣城くんの顔に侮蔑の色を探したが、それは見られなかった。むしろ、何故か彼はショックを受けた様な表情をしていたのだ。眉を寄せて目を見開き、下唇を噛み締めている。そこそこ距離があるけど、確かにそう見えた。いつものクールな表情の剣城くんしか知らない俺は、二重に驚いた。
コンマ数秒後、俺の視線に気付いた剣城くんは直ぐにいつもの表情に戻ると、足早にその場から去って行った。俺は突然の事にただ呆然として、視線を目の前の天馬くんに戻した。天馬くんは重ねた手をようやく退かすと、場違いにも程がある、天使みたいな微笑みを湛えた。

「いつも今日この時間は、お兄さんのお見舞いなんだ」

ぞぞぞ。途端に背筋が凍る。何それ、じゃあわざと剣城くんに目撃させる為に、俺を利用したって訳?悪趣味にも程がある。俺は天馬くんとの関係を見直す必要があると感じた。

「お前さあ、剣城くんにどう思われたいの…」

ホモ野郎って軽蔑されたい?でも剣城くんは軽蔑してる風には見えなかったし、そもそも何のメリットがあるんだ。全くどういう話か分からない。こんな事に付き合わされたんだから、今度こそちゃんと説明して貰う。
俺はどっと疲れを感じて、溜め息混じりにそう言った。

「狩屋も見たでしょ、剣城のあの顔。ほんと可愛いよね」

うっとり、と言った表現が正に正しいと思った。天馬くんは剣城くんの事を思い浮かべているのだろう、情愛に満ちた眼で窓の外を見つめていた。俺は得体の知れない物を見てしまった気がして、即座に席を立った。

「帰る」

短くそれだけ放つと、俺は机上のジュースを持ち、まだ少し中身が入ってるにも関わらずぐしゃっと潰した。踵を返し店内を進んでいると、背中に天馬くんの「また明日」という明朗な可愛らしい声が投げられて、更に萎えた。
出口の側にあるゴミ箱に分別もせずジュースを投げ入れると、両開きの自動ドアから外に出た。店員の無機質なありがとうございましたが聞こえた。俺は黙って空を見上げる。厚い雲が覆うこのどんよりとした天気は、今の俺にはこれ以上無いくらいぴったりだろう。生憎傘は学校に忘れたけど。





∴幸せという美しい怠惰