通い慣れた地下鉄の駅でエレベーターを待っていると、人々が往来し騒がしい構内で、こちらに向かってくる一つの足音に気付いた。その足音は松風の背後で止まり、同じくエレベーターを待っている様だった。念のためと言うには確信を持ちすぎていたが、松風は正面のガラス越しに後ろに並ぶ人物の顔を確認した。にやり。予想通り、その男は今日も不機嫌そうな顔をしていた

「おはよう剣城」

松風はガラス越しに剣城に声を掛けた。剣城は視線をちらと松風の後頭部に移すと、「ああ」とだけ言った。
丁度エレベーターが到着し、扉が開く。2人はそれに乗り込み、松風はドアの隣にある閉ボタンを押して、早々に扉を閉めた。エレベーターが上昇し、外が暗く何も見えなくなると、松風はくるりと振り返った。剣城は制服のポケットに両手を突っ込んだまま、後ろの壁に寄り掛かっている。互いの視線がかち合うと、それは始まりの合図だった。松風が剣城の元へ向かい、向き合う形となると、2人はどちらとも無く口付けを交わした。目を開けたまま、衝動のままに互いの唇を貪る。ムードなんてまるで無かった。松風が舌で剣城の唇をなぞると、剣城は擽ったそうに身を捩った。くちゅくちゅと厭らしく絡まる赤い舌に酷く欲情していた。剣城も負けず劣らず松風の口内を、角度を変えて何度も蹂躙する。松風が舌で唾液を送り込めば、剣城は目を蕩けさせてそれを飲み込んだ。

「んっ、はあ、…っ」

狭い箱形のスペースには、水音と荒い息遣い、そして時折漏れる小さな喘ぎが響いていた。体を密着させ更に盛り上がる2人を他所に、エレベーターは上昇を続ける。剣城が松風の体に手を伸ばし、制服をぎゅっと握った時だった。松風は突然唇を離し、濡れた口周りを拭うと、剣城をうっとり見つめたまま一歩後退したのだ。その行動に剣城は一瞬戸惑ったが、理由はすぐに分かった。
急に白い光が射し込んで来たと思ったら、チンという音がして扉が開いた。ドア横のモニターに目をやれば、1Fと表示されている。

「口、拭いた方が良いよ」

松風が自分の唇を指差すと、剣城は袖でさっとそこを拭った。剣城の場合は顎まで唾液が伝っていたため、そっちも拭おうとしたが、それよりも早くポケットからハンカチを出した松風が丁寧に拭ってやった

「雪だ」

松風が外を振り返ってそう言うと、剣城もそれに倣った。見れば確かに雪がちらちらと降り注いでいる。エレベーターを降りると、2人は濡れない内に手に持っていた傘を広げた。松風は剣城に一瞥もくれずに歩き出し、剣城も黙ってその数歩後ろを歩いた。


いつも通りの決まった道を歩いていると、後ろからお〜い!という声が聞こえた。振り返ってみれば、遠くから、浜野がこちらに向かって走って来ていた。沢山の傘によって道幅が狭くなっているため、通行人はぶつからない様に彼を避けた

「よっす!早いじゃん天馬」
「おはようございます浜野先輩」

朝から元気な先輩に肩を叩かれ、松風も明朗に挨拶を返した。2人は肩を並べて歩き始める

「あれ、もしかして剣城も一緒だった?」

今気付いたらしい浜野が顔だけを剣城に向ければ、剣城はマフラーに顔を埋めたまま、軽く会釈をした

「まさかあ、たまたまですよ」

松風は無邪気に笑った

「ははっ、だよね。お前ら仲悪いもんな〜」

松風は笑みを浮かべたまま、しかし何も言わなかった。浜野は特にそれを気にする事も無く、空に手を差し出して楽しそうにしていた

「これ積もると思う?」
「無理じゃないですか?だってこんなに小さいし」

手のひらの上ですぐに溶けた雪を見つめて、そう答えれば、浜野は「そうだよなあ〜」と言いながら、残念そうに空を仰いだ

「積もったら皆で雪合戦とかしたかったですね」
「したいしたい!」

即座にそう返した浜野の目は、分かりやすくきらきら光っていた。皆で雪合戦なんて、絶対楽しいに決まってる。外でサッカーはしにくいかも知れないが、やっぱり雪が降るとわくわくしてしまう。そういえば、剣城もわくわくとかするのだろうか。松風は体ごと振り返ると、後ろ歩きをしながら剣城に話し掛けた

「剣城も雪合戦したいよね?」
「……さあな」

剣城はフイと視線を外すと、明後日の方角を向いてしまった。相変わらずつれないなあ





∴俺たち本当仲悪いんです:-)