しんと静まり返った長い廊下をシュウと並んで歩いていると、彼は唐突に口を開いた
「キスは良くないと思うなあ」
俺は思わず肩をびくりと震わせた。こいつは突然こういう事を言ってくるから、油断なら無い。俺は黙ったまま歩を進めた
「君らしくも無いね。絆されちゃった感じ?」
「…別に。ただ生意気な口を塞いでやろうと思っただけだ」
「そうかな。彼は静かだったけど」
……こいつ。
実は結構前から見てたんじゃないのか?
「まずいかなあと思って声掛けたけど、もしかしてお節介だった?」
「いや。………助かった」
やはりシュウは全て分かって言っている。悔しいがその通りだった。あのままシュウが止めてくれ無かったら、俺は確実に剣城にキスしていた。あの時の俺は全く冷静じゃ無かった。剣城の魔性に、すっかり魅了されていたのだ。
「松風の方はどうなってる」
剣城の教育は俺、松風の教育はシュウの担当だった
「あは、僕は君みたいな方法は取ってないよ。教官の指示は"もう二度と反旗を翻す気なんて起きないくらい、絶対的絶望を与えろ"だもんね。僕は僕のサッカーを教えてあげてる。彼らが言う絵空事なんかじゃない、本当のサッカーを」
「…そうか」
シュウはきっと容赦なく松風をなぶっているだろう。彼は以前から、松風の言う楽しいサッカーとやらに辟易していたから。
"絶対的絶望"と聞いて、俺が一番に思い付いたのが、剣城をサッカーで痛め付けた後、その体を陵辱する事だった。結果は思った通り効果てきめんだった。最後は指先一つ動かす事すら叶わない様子だった。男としてあそこまでの屈辱は他に無いだろう。
キスさえ無ければ完璧だったのだ。俺は何故あんな事をしようとしたのだろう
「白竜?平気?」
「…ああ、平気だ」
シュウに以前言われた。俺は考え事をしていると顔が険しくなるらしい。俺は剣城の事を考えるのはやめて、今日の練習メニューを思い出していた
「今日は化身の連携強化だったな」
「そうだね。頑張ろう、白竜」
「ああ」
そうだ。俺はもう剣城を遥かに凌駕したのだ。いつまでもあんな男に構っている暇は無い。だから早く、…早くあの赤に濡れた唇を忘れなければいけないのに
「(クソッ…)」
触れておけば良かったなんてそんな、馬鹿げてる
∴侵食のりんご