「彼は多くを愛し過ぎるよ」

ヒロトくんはよく円堂くんの事で憂いていた。何故なら彼は円堂くんを愛していたから。その感情は恋なんていう生温いものじゃない。もっとどろどろしてて、僕に言わせれば酸化して赤茶けた血液みたいなものだった。ヒロトくんはさっきからずうっと頭を抱えていて、丁度真正面に座っている僕の方には見向きもしない。完全に自分の世界に入ってしまっている

「神に宇宙人、天使に悪魔、それと鬼。人成らざるものまで虜にしちゃうなんて…さ。なのに彼は誰も愛さないんだ」

実際は僕も彼も人間な訳だけど、彼はそう称した。円堂くんは愛しすぎるのに誰も愛さないらしい。実に矛盾している。僕は足を組んだまま爪先をゆらゆら揺らした。彼はハナから相槌なんて求めていないから、再び続けた

「酷いよね。でも好きなんだ、どうしようもなく。絶対に俺だけのものにならない彼が好きなんだよ…」

何となくだが、ヒロトくんは笑っている気がした。この狭くて箱みたいな部屋には僕とヒロトくんだけ。この部屋は徐々に、彼の円堂くんへのねっとりとした愛で侵食されつつあった。僕は目に掛かった前髪を払ってから、口を開いた

「彼に愛されたい?」
「………ああ」
「そうかな、僕には君が見返りを求めていないように思えるけど」

ヒロトくんはまるで彫像みたいにぴくりとも動かなかった。確かこんなポーズの有名な像があったよね

「…そうかもしれない。俺は愛されたいけど、円堂くんが俺を愛してくれなくても構わないとも思っている」
「……君の言う事は矛盾ばかりだ」

僕はヒロトくんから一瞬も目を反らさずに、足をゆるりと組み換えた。暫しの間を置いてから、ヒロトくんは顔を上げた。相変わらず彼の瞳は濁っていてよく分からない

「愛なんて、矛盾の塊だよ」
「まるで愛を知っているみたいな口振りだ」
「知っているよ。だって俺は愛されていたから」

誰に、とは聞かなくたって分かる。吉良星二郎の執着とも呪縛とも取れる愛。それを一身に受けてきたヒロトくんの辞書に、甘ったるい純愛などという言葉は存在しない。虐待を受けて育った子供が親になって今度は自分の子供に虐待をする様に、人間は繰り返す生き物なのだ

「ねえアフロディくん、円堂くんはどんな人と結婚すると思う?」

ヒロトくんは急に立ち上がったかと思うと、かつかつと白い床を鳴らしこちらに歩いてきた。僕は白が侵食されるのを確かに見た

「さあ。素敵な人だろうね」
「そうだね。それもとびっきり。ああ楽しみだなあ!俺、彼の結婚式には99本の薔薇の花束を贈るって決めてるんだ」

目の前まで歩いてきたヒロトくんを、僕は必然的に見上げる形となる。彼は色素の悪い頬を紅潮させ、うっとりと微笑んだ。その表情は恍惚とも取れる。僕は今日唯一彼に嫌悪した

「救えないな」

僕が吐き捨てる様に言っても、彼は特に気分を害した様子は無い。彼にとって僕の発言なんて、道端に落ちる石っころみたいな物なんだろう。多分

「神様の君が救えないなんて、俺はどれだけ罪深いんだろう」
「………僕は神じゃない」
「いいね、素敵だよ」

彼が僕の何を素敵に思ったのかは知らないし知りたくもないが、その言葉は偽りでは無かったようで、ヒロトくんは目を細めてふっと笑った。僕は底無しの沼みたいな彼の瞳が綺麗だと思った。そしてきっと、欲望のままに手を伸ばすのだ





∴或いはクオリアの目覚め