「お前のせいだ」

佐久間は壁と自分との間に閉じ込めた不動の、顔のすぐ脇に己の拳を強く叩きつけた。不動はそれに動揺する事もなく至極冷静に佐久間の瞳を見返してきて、それが更に佐久間の苛立ちを増幅させた

「お前が、鬼道をあんな風にしたんだ」

佐久間の知る鬼道は全てにおいて完璧で、圧倒的カリスマと才を放つ正に選ばれた存在であった。当然下らない馴れ合い等必要としないし、感情を表に出す事も稀だった。だから、最近たまに見かける年相応の言い争いの喧嘩だとか、慈しみを含んだ微笑だとか。離れて雷門にいる間に本来の自分を出せる様になった事は喜ばしいのだが、それと同時に、佐久間は自分の知らない鬼道が増える事に一抹の寂しさも感じていた。そして佐久間にはもう一つ気になる事があった。それは鬼道の不動に対する態度で、多々何か違和感を感じていたのだ
そして昨日、佐久間はその違和感の正体を知る事となった


昼休憩が始まりグラウンドから人が居なくなっても、未だ鬼道と不動はベンチに座りフォーメーションを練っていた。佐久間は何となく2人の事が気になって、フェンスの近くでリフティングをしながら、たまにちらとそちらを見たりしていた。だがやはりどう見てもチームメイト同士のそれにしか見えず、佐久間は今更ながら自分が実に滑稽に思えた。ボールを小脇に抱えフェンスのドアを押し開ける際、何の気紛れか最後にもう一度2人の方を向いた。
2人はベンチに置いていた書類から顔を上げ、視線をかち合わせた。その刹那、鬼道は不動に顔を近付けごく自然にキスをしたのだ。唇はすぐに離れたが、された方の不動も満更でも無さそうだった。佐久間は驚いてボールを地面に落としたし、正直今見た受け入れ難い映像のせいで頭の中はパンク寸前だった。自分の居ない間に鬼道が不動と親しくなっていたのはイナズマジャパンに合流後すぐに気付いたが、まさかここまでの親しさなんて誰が想像出来ただろうか。不動に鬼道を横から奪われた様に感じたのは当然だったが、何故か、自分でも全く訳が分からないのだが、鬼道に不動を奪われた様にも感じていた。佐久間は心の中が汚いどろどろで満たされるのが分かった。そしてまたしても自分は一人置いて行かれたのだと悟り、酷い吐き気を催した




「何か言ったらどうだ」

佐久間は歯をこれでもかと言うほど噛み締めながら、不動を睨みつけた

「…大人振って寛容になったつもりでも、てめえの本音はいつだってそうなんだろぉ?」

不動は顎を上げて嘲笑う様な視線を送った

「…何が言いたい」
「鬼道から聞いたぜ?あいつが雷門に居る事認めて賛同したそうじゃねえか」
「それがどうした」
「てめえは真・帝国の時からなーんにも変わってねえって事だよ。今だって本当は戻って来てくれって叫びたいんだろ」

佐久間は動揺を悟られまいと思ったが、目の揺らぎまではコントロール出来なかった。当然不動はそれに気付いて、にやりと笑った

「…俺は鬼道がサッカーをしていればそれで良い」

心無しか声が小さくなってしまった。やはりこいつ相手ではやりにくいのだ。不動は全部見透かした様にふうんとだけ言って、暫し間を置いてから再び口を開いた

「もう知ってんだろ?俺と鬼道がデキてるって」

デキてる。その言葉は佐久間の気分を鉛みたいに沈ませた

「どんな手を使ったのかは知らないが、俺は絶対に認めない」
「ハッ、またそれかよ。いつまでも現実から目を反らす甘ったれたお坊ちゃん。そんなんだと、また誰かにつけ込まれるぜぇ」
「何だと!」

佐久間は頭にカッと血が昇り、衝動的に不動のウェアの襟を掴んで引き寄せた。2人は互いに相手を睨み付け、冷戦状態が続く

「…離せよ。俺、この後鬼道くんと約束してるし」

すっかり白けた様子の不動は掴まれる手を外すと、さっと襟を正した。そして悔しさに顔を歪める佐久間の脇を悠々と通り過ぎようとした。が、

背中にガッと激しい痛みを感じたその時には、不動は既に床に手膝を着いていた。蹴られたのだ。不動は流石に怒り、佐久間に罵声を浴びせようと振り向いた

「いっ…!」

佐久間は素早く不動にのし掛かると、抵抗されない様に両手を床に押さえ付け、自身は不動の腹の辺りに座った

「おい!いい加減にしろよこのクソ野郎!」

不動は振り払おうと藻掻くが、怒りに任せ上から全体重を掛けて押さえ付ける佐久間には敵わなかった。不動は無駄だと知りつつも足をばたつかせた

「鬼道の所になんか行かせない」

佐久間は酷く苛立っていた。乱れる銀髪を気にもせず、上体を前に一気に倒すとそのまま不動にキスをした。不動は目を見開き、有り得ない程間近にある端正な佐久間の顔を見た。不動は更に激しく藻掻き、訳も分からず声を上げるが、その隙に佐久間のぬるりとした舌が口内に入り込み、激しく蹂躙される。不動の喚きは口内に鈍く反響するだけだった。不動は舌を噛んでやろうと思ったが、酸素が足りず鈍る思考では、絡み合う舌がどちらのものなのかさえ分からなかった

「んぅ…ん、…ぅぐ…っ……!」

何度も傾きを変え、追い立てる様に舌を激しく絡める。佐久間は自身の酸素が限界になると、ようやく唇を離した。透明な糸がつうと引き、やがて切れた。急に流れ込む酸素にごほごほと激しく咳き込む不動を、佐久間は冷たく見下ろして呟いた

「気持ち悪いな」





∴憂き愁う万有引力