もし明日が地球最後の日でも、俺はその日をいつも通りに過ごすだろう

人間とは哀れな生き物である。いつも何かに抑圧され、終末が見えないと本能的に行動する事を赦されないからだ。だから最後の日、誰かはずっと食べたかった大好物を腹一杯に食べて、誰かはずっと憎かったあの子を刺し殺すかも知れない。皆誰に何に縛られる事なく好きな事をして良いんだ。本当の自由を手に入れられる。つまり終末とは全てからの解放である。全く喜ばしい事じゃあないか


「俺は嫌だ」

目の前に座る剣城は金の瞳を耀かせ、射抜く様な視線を向けてくる。それからおずおずとこちらに手を伸ばすと、躊躇しながらも俺の手に手をぎゅっと重ねてきた。剣城の手は俺と違って凄く温かい。ちゃんと血が通っているんだって安心する

「サッカー、もう出来なくなるんだぞ」
「うん、そうだね」

剣城はそれに、と言って口を噤む。俺が優しい声でなあにと先を促せば、剣城は白い頬をうっすらとピンクに染め、口を僅かにぱくぱくさせた。俺は剣城のそういう所、いじらしくて可愛いなあと思う

「俺は、まだお前と一緒に…………」

手を握られる力が少し強くなった。剣城の表情は俯いてしまったから分からないけど、おそらく泣きそうな顔をしてるんじゃないかな。その証拠に声は何処か震えている

「例えばの話だよ?」

俺は空いている方の手で、剣城の頬に触れた。そしてその瞬間、剣城の体は可哀想なくらいびくりと跳ねた。やっぱり俺の手はとても冷たいみたいだ。悪い事したなあ。でも剣城は俺の手を払い除けたりしなかった。
顔を上げた剣城の瞳は、案の定涙で潤んでいた

「剣城は最近よく泣くね」

俺はそのまま掌を滑らせ、剣城の零れそうな涙を細い指で拭った

「お前のせいだろ…!」

そうだね。剣城は俺の言った事で今日みたいに涙を滲ませる。剣城を泣き虫にしたのは他でもない俺だった。その事実に口元が緩むのを抑えられない

「何笑ってんだよ」
「ごめん」
「最低だ」
「ごめんね剣城」

すっかりご機嫌斜めになってしまった剣城を、俺は両手を広げ、ぎゅうと抱き締めて宥める。でも剣城は腕を回してくれない。俺はもう一度ごめんと言って、袖口に顔を寄せた

「お前は」
「ん?」
「お前はどうするんだよ。その、最後の日ってやつ」

答えなんて最初から決まってるのに、俺はわざとらしくうーんと唸った
俺と剣城の心臓の音が聞こえる。ドクドク、ドクドク。生きてる

「剣城とこうしてるかな、だって今凄く幸せだし」
「松風…」

当然だけど剣城は体全体が温かい。以前それを本人に言ったら、子供体温って言いたいのかって拗ねられちゃった。でも実際俺たちまだ子供じゃないか
だらりと下りていた剣城の腕はようやく俺の背中に回され、服を引っ掻くみたいに掴まれた。剣城がほうと息を吐くのが分かった

「まつかぜ…」

俺はその声を聞きながら、ゆっくりと瞼を閉じた


人間とは哀れな生き物である。では、最後の日でも何でも無い日に、最後の日にしたい事をしている俺たちは、果たして哀れな生き物なのだろうか?今ここでアツーいキスだって出来るのに?





∴答えはノー