巧みな足捌きでボールをキープする不動さんと競り合い、一瞬の隙を突いてボールを奪うと、俺は前方のゴールにダイレクトシュートをした。ボールがネットを揺らし、地面に落ちる

「おー流石流石」

背後からぱちぱちと軽い拍手が聞こえ、振り向けば不動さんがこちらを見て笑っていた。俺も微かに微笑み返して、丁度足元まで転がってきたボールを拾い上げると、不動さんの所まで戻った

「やっぱ京介センスあるよ」
「そんな事」

さっきはボールを奪った、と言ったが、実際それは正しくない。奪わせて貰った、が本当だ。最近この河川敷で出会った不動さんはサッカーがめちゃくちゃ上手く、時々俺が1人で練習をしていると教えに来てくれた。不動さんは俺の周りにいるどんな大人とも違っていて、一緒に居て心地良かった

「部活の後もここで練習するなんて、よっぽど好きだよなあ」
「ええ、まあ」

流石にあの練習メニューの後更にここでやるのは体が辛いのだが、もしかしたら不動さんに会えるかも知れないと思うと自然と足が向いてしまうなんて、口が裂けても言えない

「不動さんは、どうして俺とサッカーしてくれるんですか?」
「んーまあしいて言うなら昔の俺にちょっと似てるから?あ、でも本当ちょっとだけな。俺の方が全然捻くれてたし」

不動さんは困った様に笑うと、俺の頭を雑に撫でた。お陰でかなり髪がボサボサになったが、正直悪い気はしなかった

「俺不動さんの必殺技見てみたいんですけど」

そう言うと、不動さんは罰が悪そうにあーと唸って、結局、それはまた今度と言われてしまった。不動さんは明らかに中高部活でサッカーをやっていましたというレベルじゃないから、俺は以前気になってどうしてそんなに上手いのかと聞いた事があった。だがその時も不動さんはポーカーフェイスのまま、昔少しやっていただけとしか言わなかった。不動さんは本当に謎が多い人だと思う。今日だって夕方にせよ平日なのに、仕事は何をしているんだろう。もしかしたら夜からなのかもしれないと俺は勝手に納得した

「じゃあもう一回する?」

不動さんはだぼだぼのパーカーに手を突っ込みながら、俺の持つボールに視線をやる

「はい!」

俺はボールを地面に落とすと、少し離れた所まで移動した不動さんに向かって走り出した。 即座にどちらから抜こうか考える。左、右、…左だ。俺はフェイントをかけながらも素早く走り抜けようとするが、その動きも不動さんには読まれていて、再び激しい小競り合いになる。…だめだ、全く隙が無い。どうにかボールを逃がして、回す。だが今度は不動さんに隙を突かれ、あっと思ったその時にはもうボールを奪われていた。俺は慌てて追い掛けるが間に合わず、不動さんの放ったボールは豪快な音を立て、ネットに深く突き刺さった

「京介のフェイントはさ、分かり易い」

不動さんは軽快にリフティングをしながら歩いて来ると、俺の前でボールを落とし、足と足の間で器用に動かしてみせた

「こうじゃなくて、こう」
「はい」

不動さんが目だけで来いと合図をし、俺はボールを奪おうと足を出すが、それはまるで不動さんの一部みたいに自在に動いて、全然奪えない。俺は悔しさに眉をしかめた

「まあ、前より上手くなってるしよ」
「はい…」

俺はいつか絶対抜いてやると心に誓った
その時、橋の上で黒い車が停車するのを視界の端で捉えた。何となくそちらに目をやり、丁度ドアが開いて降りてきた人物に、俺は驚愕した。鬼道監督。先日雷門サッカー部の正式な監督になったあの人は、とても凄い人だという事は重々分かっていたが、あのサングラスと常に無表情な顔のせいで何を考えているのかさっぱり分からないし、今こうして黙って見下ろされているだけでも、俺は緊張を覚えた

「不動!」

えっ?

「…鬼道クン!?嘘、やばもうこんな時間かよ」

鬼道監督が大声で不動さんの名前を呼び、不動さんもそちらに視線を向けた後自分の腕時計を確認し、焦った表情をした。俺はこの2人が知り合いだった事に驚いてすっかり呆けていた

「ん……?剣城じゃないか」
「あ、どうも…」

監督はたった今俺に気が付いたらしく、いつもの落ち着いたトーンで言った。俺は軽く会釈をする

「そっか、京介雷門だもんな」
「はい。あの、監督と知り合いなんですか?」
「知り合いっつーか何つうか…」

不動さんはがしがしと頭を掻いて曖昧に濁すと、河川敷に続く長い階段を降りて来ている監督の方に向かった

「今日珍しく早くねえ?」
「そうだな。たまには構ってやらないと、また家を出られても困る」
「ハハッ、よく分かってんじゃん」

2人の親しげな様子に俺は益々ハテナを浮かべていると、不動さんはこちらを振り返り、にやーっと笑った

「さっき知り合いかって聞いたよな。鬼道くんは、俺の旦那サマ。格好良いだろお?」

そう言って隣に立つ監督の腕に抱き着くと、目を細めて益々面白そうに笑った。俺は冗談だろうと思い監督の方を見るが、相変わらずいつもと変わらぬ表情だった。ただ微かに、本当に微かに口元が緩んでいる気がして、俺はもしかしたら冗談じゃ無いのかもしれないと思った





∴肉薄する天使像