かつかつと音を立て見馴れた無機質な廊下を歩いていると、前方に剣崎の姿を見た。剣崎は壁に背を預け腕組みをしながら、おそらく自分を待ち構えている。グランはその顔を見た瞬間、高揚した気分が一気に熱を失って行くのを感じた。大抵グランが1人でいる時に現れるあの男は、グランにろくな事をしなかった。だから努めて速度を変えずに前を通り過ぎようとした

「円堂守に必要以上に干渉するのは如何な物かと」

が、その名前にグランは反射的に足を止める。そして信じられないといった表情で剣崎を見た

「何故知っている」
「貴方様の行動は全て把握させて頂いております故」
「円堂守には手を出すな。分かっているな」

グランは拳を強く握り締めた

「勿論。貴方様が私に従順な内は」

剣崎はグランに近付くと、ぴっちりとしたウェアで浮き彫りになる、グランの細い腰の括れを厭らしく撫で、ぐいと自分の方に引き寄せた

「それ以上近付くな」

抵抗こそしないが、グランは間近にある不愉快な顔を鋭く睨み上げた。当然剣崎はそれを意に返さず、無表情でグランの尻を強く鷲掴んだ

「う…、」
「良いんですか?あんなガキ、消すのはいとも容易い」

文字通り悪魔の囁きだった。グランは項垂れる

「…………分かってる」
「それで良いんですよ。じゃあ今夜、私の部屋で」

剣崎は気味悪くにっこり笑うと、グランの唇にすばやく口付けを落とし、背を向け揚々と去って行った。
グランは剣崎の足音が完全に聞こえなくなると、すぐに手の甲で己の唇を強く強く拭った。金属製の壁に反射するその唇は、驚く程赤かった





∴薔薇は手折ってこそ可憐