「アンタ何してんの?」
「見て分からない?シチュー作ってる」
「………ああそう」
何処からかいい匂いがすると思い辿って来たら、食堂奥にある厨房からだった。この無機質な要塞の中で嗅覚を使うのなんて稀だから、つい興味をそそられたのだ。グランがここでシチューを作っている訳も当然謎だが、通常常時掛かっている厨房のロックをどうやって解除したのかも中々気になる。グランはこちらに背を向けたまま、あのピチピチしたウェアにエプロンをした状態で大きな鍋をかき混ぜている。あくまで予測だが、声音からして今日のグランは珍しく浮かれている
「腹減ったから作ってる……な訳無いよな」
「正解」
「えっ」
「嘘に決まってるだろ」
「…てめえ」
バーンは若干どすの効いた声を出すが、当然グランは気にする事もなく鼻唄まで歌い出した。バーンはぽかんと驚きながらグランに近付いた。肩越しに鍋の中を覗けば、普通に美味しそうなホワイトシチューがぐつぐつと煮立っている。バーンはへえと感心した。近くに来ると余計いい匂いで急に腹が減った
「…料理なんて出来たんだな」
「食べたい?」
「え…いや、まあ………」
「安心してよ、毒なんて入ってないから」
「別にそんな事思ってねえよ」
今のは嘘だ。本当はちょっと思ってる。毒とまではいかなくても、何か怪しいものは入れてる気がする。だってあのグランがいきなり料理だなんて、どう考えても変だ。グランは相変わらず俺に見向きもせず、シチューをかき混ぜるのに夢中だ
「ちゃんと1人で作るのは初めてかな。折角だからバーンにも試食させてあげるよ」
グランは傍らに置いてあった小皿を取り、そこにお玉で少量シチューを注ぐと、それを唇に運んだ。あっという間にシチューはグランの口内に消えて、少し味わう素振りを見せてから唇の端をぺろりと舐め、美味しいと言った。別にちょっと色っぽいとか思ってない
「お米も炊けてるね。よし、食べよっか」
ちらと横に置いてある炊飯器を確認して、グランは手を叩く
「…食べるなんて一言も言ってねえんだけど」
「お腹空いてるからこの匂い嗅ぎ付けてきたんじゃないの?」
「人を犬みたいに言うな!」
グランはごめんごめんと言いながら笑った。バーンは全く。と嘆息するも、実は自分が今この時間を楽しんでいる事に気付いた。"宇宙人"としての殺伐とした日々が始まってから、敵となったグランとこんな風に会話したのは初めてかも知れない。グランもにこにこ笑いながらバーンに微笑みかけている。バーンは口元が緩むのをどうにか抑えて、食器棚から皿を出すと雑にグランに渡した。
「大盛り?」
「ああ」
「ふうん、食べ盛りだね」
グランは皿を受け取るとすぐに背を向けた為、バーンはお前もだろという言葉を飲み込んだ。ぱかという音がして炊飯器が開く。グランが2つの皿に米を盛っていくが、片方だけ異常に山盛りだ。まあどうにか食べられるだろうと思い、バーンは引き出しを漁ってスプーンを探した
「これ食堂持ってって」
調度2人分のスプーンを見つけた時、グランが皿から零れそうな程のシチューを差し出した。バーンは受け取ると思わず、多っ。と呟いた
「「いただきます」」
それぞれ向かいの席に座り、湯気の立つシチューをスプーンで掬う。バーンは伏せ目がちなグランを直視しながら、それを口に運んだ。シチューは熱くて火傷しそうになったが、味はとても美味しかった。まろやかさがそう思わせるのか、何となく、優しい味がする気がする
「美味い!」
「そう?良かった」
大口でもう一口目を嚥下してから、バーンは素直に笑った。グランは対照的にちまちま少しずつ食べている。昔からこいつは品が良い
「本当に作ったの初めてかよ?」
「うん。本見ながらね。口に合って良かったよ」
少ししてあっという間にシチューを完食したバーンは、満足げに腹を摩っていた。そんなバーンを見て、グランは溜め息混じりに静かに呟いた
「失敗か」
「あ?」
「実は今食べたシチューには、エイリア石が入ってたんだ」
「……………………………は?」
思考停止とは正にこの事である。バーンは今グランが言った事を正常に理解出来なかった。また冗談じゃないかと表情を伺うが、グランは至って真剣な顔をしていた。そして何故か憂いている。広い食堂にグランがほとんど食べていないシチューの皿に、スプーンを置く音だけが響く。バーンの心臓はどくどくと激しく鼓動していた
「アンタ…自分が何したか分かってんのか……?」
バーンはじわじわと沸き上がる怒りと底知れぬ恐怖を抑える様に震える声で尋ねた。グランは興味無さげに冷めた視線を送りながら、ポケットから白い粉末の入った小瓶を取りだし、眼前でちらちらと振った
「君が思ってる様な作用はないよ。剣崎が石の中から幻覚作用のある物質を見つけたから、それを抽出して粉末にしただけ。結局失敗だったけど」
「ふざけんな!!!!!お前、俺を実験台に使ったんだな!!!」
バーンは机を激しく叩いて立ち上がった。興奮の余り、怒った猫の様に呼吸が荒く乱れた。グランは黙って小瓶を机の上に置いた。バーンは今にも吐きそうだった
「……何でこんな事すんだよ」
辛うじてそれだけを呟く
「ある人物にプレゼントしようかと思って」
「…ある人物って?」
「円堂守…………なんてね」
グランは口元を歪めると、話はこれで終いだとでも言いたげにさっと席を立つと、ドアの方に歩いて行った
「ちょっと待てよ!お前、何で円堂守に、」
バタンという音がして、無情にもグランは振り返る事無く出て行ってしまった。バーンはドアの方を見つめたままその場に立ち尽くした。少しして視線を残された小瓶に移すと、それを手に取った。そして蓋を開けて中の粉末を指で舐めてみた
「は…、あの大ホラ吹き野郎………」
バーンは胸のあたりがぎゅっと苦しくなった。バーンはグランの事が何一つ理解出来なかった。きっと彼がグランである限りずっとそうなのだろう。それでもグランの作ったシチューは優しい味がして、それだけは真実だと信じたかった。バーンはしょっぱい舌で上唇を舐めた
∴惑星シチュー