光秀は唖然とした。
好きなだけ飲ませてやれと言ったし、そのつもりであったが、これ程までの酒豪とは思っていなかったからである。
「貴様は、飲まぬのか」
「いえ、私は.....,まだ、満足なさいませんか」
「ふむ...」
男は、名残惜しそうに杯を置いた。蝋燭の炎に照らされた双眼は、人のそれと比べ明らかに異質だ。
「満足の礼に、我が奇術をご覧あれ」
異形の言葉に、光秀は身構えた。この男相手では無理もない。
辺りが湿気に満ちていくのを、光秀は感じた。やがて気がつけば、踝まで水に浸かっている。
ふと異形が指さした先に目をやると、そこには美しい舟の描かれた金屏風が立っている。果心が口角を釣り上げ、指先に力を込めると、屏風は異様な雰囲気を醸し出しながら、かたかたと震えだした。
屏風の中の舟が、何時の間にか目の前に現れていた。
「さらば」
男は舟に足をかけて乗り込み、舟と共に金屏風の中へと消えていった。その場にいた誰もが、立ち尽くすより他に無かった。
安堵が広がったのはそれからしばらくしてからであった。
光秀は、汗の滲んだ手を、ようやく柄から下ろした。
無論、異形の気味の悪い予言と、己のその後の運命など、とっくに考えるのを忘れて。
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