曹レイは馬車の中で溜息をついた。
何故わたしが、と。

曹魏の将帥達は、多忙を極めていた。孫呉と蜀漢が手を組み、同時期に曹魏に向け、進軍してきた為である。
そんな中、魏領でちょっとした反乱が起きた。そこに、駆り出されたのだ。
従軍するのは、楝李。それと、わずかな兵のみ。
敵はこちらの防備の薄かった小さな砦を陣取っている。敵を殲滅し、それを取り返すのが今回の任務だ。

どうせ、賈ク辺りが父に進言したのだろう。外に出ること自体嫌だったが、暇なことに変わりはなかった。
だがこんな日に限って天気は晴れだという。呪われろ。

心の中で悪態をついているうちに戦場に到着した。

予め送ってあった斥候もちょうど戻ったらしく、幕舎に入ると直ぐに多くの報告がなされた。
敵の数は四千程。
軍馬は無く、歩兵と弓兵で編成されているという。

砦の守護を務めていた衛兵によれば、敵は蛮勇で狡猾、こんな中途半端な規模の反乱を起こす辺り、無策にも思える。

「......曹レイ...」
ふと呼ばれた名。聞き覚えのある声だ。

「...楝李?」

楝李はゆらりと戦場の方へ視線を移した。閃蝶紫が、戦を求める。

まだ着いたばかりだというのに、この獣は。

「楝李...じゃあ、この近くにある二つの拠点の敵を追い払ってきて」

楝李はこくりと頷くと、直ぐに幕舎を出た。

相変わらずだ、そう思いながら曹レイは地製図に目をやった。
敵は、中央の大拠点を通って来るだろう。
まずは、そこで敵の意図を探る。まあ、楝李のことだから心配はない。そのまま相手をさせよう。

ちょうど、楝李が二つの拠点を落としたという知らせが入った。速くて何よりである。
敵の斥候の来る間隔も狭くなっている。
楝李への伝令と物見の兵を出し、今日何度目かになる溜息をついた。
久々の外気は、さすがに気持ちが悪い。日が沈めば、少しは楽になるだろうか。
舌打ちを一つ。

「...あ、の...曹レイ様...?」

「...気にするな。...敵と楝李がぶつかったら、呼んで」

早く終わらせてしまいたい。
筮竹を取り出し、卦を立てた。

全ての手順を終えたときに、ちょうど報は届いた。
進軍した敵は二百程度で、何度か打ち合ったところで、すぐに撤退してしまったという。あちらも様子見なのだろう。

「敵は暫く仕掛けて来ないはずだから、楝李に戻るようにと」

敵の狙いはおそらく夜襲。
中央にいる兵、というより楝李を足止めしつつ、こちらの本陣に崖上から侵入する魂胆だろう。
ならば、中央には幻影を配置し、本陣に攻め入る敵は楝李に任せる。そこから敵本陣を攻めればいい。
まず何故こんな不都合なところに本陣を置くのかと解せなかったが、これが役に立ちそうだ。


「...つまらない」
もっと戦わせろと、そう言っているのだろう。
「...暗くなったら、敵が本格的に攻めてくるから」
楝李は得物を握り直した。
すでに月が東の空で輝いている。
そういえば初めて楝李と会ったのもこんな夜だった。

暫くしない内に前線の幻影兵が敵と交戦を始めたという知らせが入った。
本陣にも敵の夜襲部隊が迫っている。

楝李が幕舎を出た。本来なら任せておけば良いところだが、斥候の報告にあった弓兵が気がかりだ。

少しすると崖上から敵兵が現れ、陣へと侵入してくる。楝李が、嬉々として得物を血染めにせんとして駆ける。
獣め。そう思いながら、集ってくる敵を裂いた。
遅れて敵弓兵が矢を放った。己に向かってきているというのに、楝李は気にもとめない。

「触れさせない」

術で弾き飛ばした。
夜闇の中でも、敵が狼狽しているのがよく分かった。殲滅するのに時間はかからなかった。

「楝李、このまま敵本陣を攻めて」

獣は、何も言わずに陣を出た。

「...帰還準備に入って」
「もう、ですか...?」
「楝李のことだ、すぐに終わる」

帰還準備が終わらないうちに、楝李は戻ってきた。まだ物足りない、という様子だったが。
帰還準備を終えると共に、再び砦に衛兵を配置した。しばらく兵を休める必要もあるので、出発は夜が明けてからにしよう。楝李も眠そうだ。


三刻程経ち、夜が明けた。今日も晴れである。ふざけるな。
すぐに馬車に乗り込んだ。楝李は今だうとうとしていたので、馬車に乗せ、戦場だった場所を後にした。


城門まで辿り着くと、賈クに出迎えられた。

「あははあ、随分早いお帰りで...お気分は如何ですかな?」
「あまりよくないな」
「それはそれは...なにか、曹操殿に伝えることは?」
「木偶の手も必要になったかと笑っていた、とでも言っておいたら?」
「あっははあ!これは手厳しい!」


覇王の血統



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