狂気の蹄音が、荒野を襲う。

敷いたばかりの袁紹軍の本陣に、白馬の軍勢がなだれ込もうとしている。

「鄭鵞殿...!」

ぼろぼろの装備。敗走した騎兵隊の一部だろう。

「追います...!」

敗走兵に落されるような本陣ではないが、ここでも損失は後々の戦況に影響する。

手綱を操りながら、背後の騎馬隊に合図をだす。
隊は左右に二分し、鶴が翼を広げたように隊列を組んだ。
白馬を捉える。包むように、ねじ伏せた。
死地に散る戦士の顔が、脳裏にまで焼きつく。

「お怪我はございませんか?袁紹様」

「あ、ああ...」

黄金の装束は血肉に塗れ、美しく整えられた柔らかい髪は、凝固しかけた血にまとめられていた。
茫然とする君主に笑いかけると、一度目を見開いたあとに、安堵の表情をみせ、剣をおろした。
次の瞬間、拠点の外に装備品のぶつかり合い音が聞こえると、袁紹は微かに肩を震わせた。

「麹義殿の隊ですね」

袁紹はこちらを一瞥したものも、緊張をとくことはしなかった。
麹義が姿を現すと、漸く息をついた。




混乱も静まり、春の空に朱がさす頃には、おっかない表情の制圧者も尊大な君主に還っていた。


「敵兵の様子はどうでしたかな?」

「田豊殿。宴のときまで熱心だことで...」

「命運をわけうることでありましょう。それで?」

「そうですね...中々、従順と言いましょうか。充分に訓練されている兵です。あれもただの派手好きの色男ではない」

「ふむ...時間がかかりそうだな...」

公孫サンの背後の易京城。そして常山の趙雲。それが心配なのだろう。さらに敵の士気も低くない。長期戦になることはすでに定まりつつある。


「今は飲みましょう、田豊殿。これから先、戦は万とある」

盃を差し出すと、表情を僅かに緩め、その白い手を杯に添えた。

「万は困りますな」

天に二の杯が掲げられた。



公孫サンとの戦はやはり長期戦になるだろうものだった。私は張コウ殿と入れ替わる形で戦線を離れることになった。明日以降は、国内の反乱を統べるのが仕事だ。


移動中、思わぬ知らせが飛び込んできた。


董卓を、養子であった呂布が殺害した。

暫くは王允と呂布が統治していたようだが、李カク・郭シらによって長安を奪われた。
王允は漢に殉死するかのように死に、呂布は董卓の首を馬の鞍にぶら下げ、数百騎を率いて逃亡した。



朝廷は退廃した。
乱世に、獣が放たれた。



日没にて





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