その日、鄭鵞が黒馬に跨り向かったのは、己の主だった男の墓地である。


奮威将軍に任命されていた韓馥だったが、やがて袁紹の勢いを恐れ、張バクの下に身を寄せていた。
その後、張バクと袁紹の使者が会見している時、袁紹の使者が張バクに耳打ちするのを見て、殺されるのではと勘違いし厠で自殺した、と聞いた。

他人に殺されること。自ら命を断つこと。それらは等しく「死」ではないのか。
理解しがたかった。しかし、困ったことにあの男ならば、納得できてしまった。



もとより韓馥の軍勢だった将兵たちは、皆複雑な気持ちでいた。
一戦も交えず、何もできず、いきなり主が代わったのだから、無理もない。


だが、もうこれで、公孫サンに抗うことができる。既に公孫サンが軍を動かしたと聞いている。向かうは界橋。あわよくば、公孫サンを討つ。

先鋒を担うのは、楯を構えた兵士八百と約一千程の強弩隊を率いる麹義。麹義は涼州出身の武将で、羌族の戦法に慥かな男だ。元は韓馥の武将でもあった。界橋には四半刻もしないうちに着くらしい。
その後ろに、袁紹が率いる数万の歩兵と、私の騎兵二千が続いている。
張コウも後から合流する予定だ。
間者によると、公孫サンの軍は、中央に歩兵3万余が方陣を敷き、その左右を騎兵1万余が固めているという。


駐屯地に着くと同時に、麹義が交戦したという報告が入った。

「戦況は?」

「優勢です!」

まだ年若い男の言葉に頷き、袁紹の方に目をやった。
袁紹は、田豊の進言に耳を傾けていた。
田豊が下がると、袁紹は立ち上がり、高々に言った。

「鄭鵞よ。公孫サンの先鋒は、程なく崩れる。今こそ!名族が軍の勢いを見せつけてやるのだ!」

出撃の指令であった。
恭しく拱手をする。

「御意に」

田豊の、満足そうな顔が見えた。進言を聞き入れられたのだろう。

馬に跨った。二千が後ろにつく。掲げられた「袁」の一文字がゆれる。
風に押され、駆け出した。
二千は、韓馥軍の頃からの部下と、元から袁紹軍だった者が混同していた。境遇こそ違ったが、志は同じだった。乱れなく響く蹄の音が心地よい。

目の前に、麹義の軍勢が見えていた。あちらからも見えたらしく、麹義の軍勢は勢いづく。それに合わせたように、公孫サンの先鋒が、下がりはじめる。
手綱を置いた。槍剣を抜く音に、僅かな懐かしさを覚えた。

「はっ!」

馬をはやめる。雑兵の背を、撫でるように斬りあげた。
後は、作業のようなものだった。剣を振るい、槍を突き刺す。それだけだった。

「敵将、討ち取った!」

麹義の声。手には目を見開いた男の首があった。
そこで槍剣をおろした。散り散りになっていく敵兵を一瞥し、麹義に近寄る。

「お見事な戦ぶりです、麹義殿。...それは、冀州刺史の...」

「厳綱だな」

麹義は血まみれだった。目のところの皺に、紅が溜まる。

「追撃しよう、鄭鵞殿」

「ええ、了解です」

まだそう遠くない公孫サン軍の白馬に目をやった。副将に合図を出し、馬の腹を蹴った。麹義の部隊も後ろに付く。
公孫サン軍の殿(しんがり)がこちらに気が付き、応戦の体勢にでた。
それを確認し、騎兵隊を二分、麹義の強弩隊が攻撃すると、橋の上にいる軍団は、呆気なく撃破できた。
視界が開けると、公孫サンの本営が現れた。麹義と顔をあわせ、互いに頷いた。

「進め!敵陣を悉く蹂躙せよ!」

先に二分していた騎兵隊の片割れと合流しつつ、閉じられたばかりの軍門に突撃した。
立てられた軍旗が翻って倒れ、軍門を突破したところで麹義が追いついた。血まみれの黄金の部隊に、顔を蒼くした陣営内の軍勢は散り散りになって逃げていったが、もうすでに逃げおおせたのだろう、公孫サンの姿はまるで見当たらなかった。

「公孫サンはいませんね...ですが、中々の戦果です」

部隊をゆっくりと迂回させ、麹義の方を向いた。

「ああ、袁紹様にも喜んで頂けるだろう!」

得意げに笑う麹義に、一瞬何か引っかかるものを感じた。
麹義は、戦果に逸る男であった。
そのために、戦嫌いの韓馥の元を離れ、袁紹に付いたのだった。

「そうですね。...では、袁紹様と合流しましょう」

「ああ!」

少し遠いところに、黄金の軍勢が見えた。
己を迎えるのがあの黄金だと言うことに、もう違和感は感じなかった。



睨むが如くに見据え






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