外は既に薄暗く、白い三日月が空に架かっている。水辺を飛び回り、水中の獲物を捕らえる猛禽を、蔡文姫は眺めていた。
「どうした、蔡文姫よ」
男、曹操は才女に問う。
「この情景に、何を想うた」
蔡文姫は目を瞑った。
妖しく光る爪牙の如く得物。大局を見定め、隙を狙う黄金の両眼。紅く染まる白い肌。残酷に吊上がる口角。破軍の魔物。速疾鬼羅刹天。
そんな蔡文姫の心中を曹操は察したらしかった。
「あれは明星よ」
破軍星、と彼らはそういう。
軍人から見れば、確かに立派で、信頼できる将帥なのだろう。
しかし、彼女は女で、それではあまりにも、
蔡文姫は箜篌の弦を弾いた。破軍の心の旋律を奏でるように。それは淡々と哀しく、またそれ故に、美しかった。
しとり、しとり。滴り落ちる雨の雫を眺めていた破軍が、ふと蔡文姫の方を向いた。
「ああ、文姫っき。...どうかしたかな?」
「...いえ、あの...」
蔡文姫は、破軍に問うた。
「...貴方は、何故戦うのですか」
破軍は少し驚いたように眼を見開いた。
「安息を求めて...と言っても、信じてはもらえないだろうな」
一拍置いてから、再び口を開いた。
「戦う他に、生きる道を見出せない、と言うべきか...物心ついた頃から、手には槍を持っていた。まぁ、なり行き、ということだ...」
「...貴方は...」
「文姫っき」
それでいいのかと問おうとすると、破軍の穏やかな声に遮られた。
「私は戦が嫌いじゃない。...私のことで、貴方が嘆くことはないよ」
そう言って微笑む破軍の旋律は、降り注ぐ雨とひどく似ている。
鳴り響け
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