孫堅は袁術の説得に成功していた。
これで、ようやく兵糧が届くようになるはずだ。
「孫堅殿、お耳に入れたいことが」
河内で田豊から伝えられたことを話すと、孫堅は苦渋の表情を浮かべた。
「時間がない、か。...鄭鵞」
「はい」
「総力をあげてシ水関を攻めるぞ。天下に義を示す。出撃だ」
そうしてシ水関まで軍を進めたはいいが、やはりシ水関の守りは堅かった。
しかしこのくらいなら、袁紹・袁術の軍さえ動いてくれれば打ち破れるはずだ。
舌打ちを一つ、群集の血で刃を濡らした。
肉体を切り裂く感覚も腕に感じなくなった頃に、報は届いた。
董卓が、移動を開始したそうだ。
関の向こうから黒い煙が上がるのがみえた。
少し遠くにいる孫堅も、それを確認したらしかった。
そこからは、時が経つのと同時に関を守っていた敵も撤退していった。
かつての都は、既に灰と化していた。
「...ひどいな」
「...墓も、暴かれてますね...とりあえず、何か残っているか探してから修復しましょうか」
「ああ...」
董卓は何もかもを長安へと持ち去った。反対した者も多くいたはずだ。その者らは全て、葬りさられたのだろう。
「孫堅殿、こちらは終わりました...なにか、ありましたか?」
「いや...なにも無かった。こちらも、ちょうど終わったところだ。撤退しよう」
「ええ...」
この後、反董卓連合軍内、特に袁紹と袁術の対立が決定的となり、結局董卓も討てず、連合軍は崩壊した。
冀州に戻ると、主が袁紹と共に劉虞を擁立しようと考えていることを知った。劉虞はそれを拒絶しているという。
孫堅や曹操、鮑信が必死に董卓と戦っているとき、こちらではそんなことをやっていた。
増援は期待していなかった(連合軍には領地を持つ者が多く、兵力が減って攻め入られるのを怖れているのだろう。無理もない)ので、それ程まで怒りは湧いてこなかった。だが、董卓を討てる可能性は十分にあったのだ。
しかし、天下を統べようとする者の、為すことがこれか。
政略と戦乱の時代に於いて、人や情勢は常に流転するものである。それに翻弄され、流され生きる人々はやりどころのない郷愁と悲哀を歌に込め、故郷と変わらぬ月を眺め、涙を流すのである。
近頃、公孫サンが冀州への軍事的圧力を強めているらしい。
「沮授殿。それで、韓馥様は袁紹に冀州を譲ると?」
「ええ、袁紹軍の兵力はこちらより下なうえ、補給に苦しんでいて物資の供給を冀州に依存している、とは言ったのですが...」
この度公孫サンが圧力を強めていることは、袁紹も関わっている気がする。
袁紹は勢力を広めるため、この冀州を拠点としたいのだろう。
「美しく、ありませんねぇ...」
「張コウ殿。...ええ、こんなことで冀州を...」
「ですが、そうなれば致し方ありません。この張儁乂、新たな舞台でも華麗に咲き誇りましょう!」
相変わらず、楽しそうで何よりだ。
今を嘆かず、ただその先を見ている。その気概はやはり美しい。
とう!、と舞うように何処かへと去っていった張コウを、ため息と共に見送った。
袁紹が来てから、韓馥は奮威将軍に任命された。しかし、その権限など、ないものに等しかった。
袁紹の暗殺を試みた耿武・閔純は田豊によって殺され、沮授や張コウ、私はそのまま袁紹に仕えることとなった。
名族は、この冀州から天下を臨むことになる。
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