それは、羅刹。
漆黒の鬣を風に遊ばせ、黄金の双眸で虚空を仰ぐ破軍の魔物。

「此れは此れは...」

獲物を狩り終え、羽を休めるべく自陣に戻ってくる破軍に、賈クは思わず声を漏らした。

「呉の将かと思いましたよ」

槍剣と数個の生首を携え、得物だけでなくその全身を紅く染めたその姿を戯けて言った賈クに、魔物はその口角を吊り上げ、愉快そうに嗤った。

「私は構いませんが?望むものが手に入るなら」
「あははあ!そりゃ勘弁かな」

横を通りすぎた破軍を追いかけるように、その斜め後ろをついて歩いた。

「で、あんたが欲しているのは"安息"なんだろ?なら、なんで誰かに従う?あんたなら、自分で動かした方が早いはずだ。」
「どうでしょうね...。まあ、君主なんて疲れることは、やろうとは思いませんが」
「ははあ、違いない。だが、」
血みどろの魔物を見据えて、言った。
「少なくとも俺には、あんたが心底それを求めているようには見えなくてね」
「私は、」
破軍は少し考えてから続けた。

「無知なんですよ。安息も、他の何かも、手に入れてみなければその形すら理解できないし、壊してみなければどういうものだったのかも分からない。」
「無知、ねぇ...」
更に追及しようと口を開くと、すぐに遮られた。
「ああもう、いいんですよ、私のことは。別に戦うのが嫌なわけでもないですし」
「......そーかい。なら、いい。俺はあんたがそれを手にするまで、知恵を絞るだけだ」
そう言うと破軍は少し驚いたようだった。
「貴方は、そういうこと言う人でしたっけ」
「さぁな。ま、俺がこんなこと言うのもあんただけか、」
安息がどんなものかも知らずに戦ってるのは、あんたくらいなもんだ、という言葉は、何故か口からは出なかった。
「貴方らしくもない言葉だ。...でも、頼りにしてますよ、賈ク殿」

そうして赤塗りの外套を脱ぎ、己の天幕へと入っていく破軍を見送った。
さっき、あの言葉が出なかったのは、そういう理由だからではないからなのかもしれない、そんなことを思いながら。

我は明星、神に非ず




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