徐栄の軍は、精鋭であった。

曹操、鮑信に続いて董卓軍を攻めた孫堅は、苦杯を舐めさせられることとなった。
河内に駐屯していた鄭鵞は、徐栄を追う形で梁まで南下したが、遂に孫堅とは顔をあわせることはなかった。

孫堅の軍は、壊滅寸前であった。
逃げる以外は、なかった。

「祖茂はどうした!?」

黄蓋、程普、韓当も近くにいる。
だが、祖茂だけがいない。

「前線で敵を食い止めておられる。......それと、」

「なんだ」

「韓馥の軍の鄭鵞という者が、徐栄軍を引きつけている、と...」

鄭鵞。ギョウからの援軍で、数はたった二百だと聞いた。しかし、強い。
鮑信を助けた時も、一兵を損なうこともなかったという。

(どういう人物か、一度会ってみたいものだ)

祖茂の無事を願いつつ、孫堅は馬を速めた。



「あなたが鄭鵞殿か」

鄭鵞が徐栄との戦で得物に付いた返り血を拭き取っていると、上から声が降ってきた。

「私は鮑信配下、于文則、于禁と申す」

堅苦しく手を合わせるその人物に私は立ち上がり、同じように手を合わせる。

「はい、私が鄭鵞です。于禁殿、鮑信殿はその後如何でしょうか」

「脚に矢を受けられたが、鄭鵞殿のおかげで大事には至らず、しかし、まだあまり動けない故、代わりに私が礼を。鄭鵞殿、これを」

于禁の部下だろうか一人の男が壺を乗せた荷車を引いてくる。

「これは...酒、ですか。...こんなに...ありがとうございます」

「いえ、では私はこれにて」

「ええ于禁殿、また孰れ」

用件を済ませると于禁は直ぐに踵を返したいった。
執務にご熱心なことで。鄭鵞は酒の入った壺を撫で上げた。

鮑信からの酒のおかげもあり、僅か二百の部下達の士気は高まっていた。

そして、再び出撃の時がきた。
陽人にて孫堅と連携し、董卓を破る。

「お初目にかかります、孫堅殿。韓馥が配下、鄭鵞と申します」

「うむ、俺は孫文台。よろしく頼む。先の戦では助けられたようだな」

孫堅はあの後、敗残兵を掻き集め、再び梁に駐屯していた。

「お気になさらず。祖茂殿はご無事で?」

「ああ、なんとかな」

孫堅と共に進軍していると、相当急いだのだろう、息を切らした兵がこちらへと駆けてくる。

「で、伝令!こちらに迫る敵軍団が!張遼です!!」

「数は?」

「二千程かと!」

「張遼か...」

孫堅が唸る。

「私が向かいましょうか?」

「いいのか?十倍の兵数だぞ」

「足止めくらいはできますよ。華雄だけでも討てば、大した戦績です」

「それはそうだが......わかった。くれぐれも気をつけてくれ」

「ええ、孫堅殿こそ、ご武運を」

伝令兵の来た道を辿り、駆けた。


そして目の前に現れた、黒と赤のその姿。険しい目つき。張遼とは、丁原が生きていたときに何度か会ったことがあった。

「...鄭鵞殿......道を開けられよ、と申しても、聞いてはくれませぬかな?」

「愚問でしょう?張遼殿。 さて、雁門の勇、試させて貰おうか...!」


槍剣と双鉞がぶつかり、火花を散らす。そしてまた直ぐに離れる。
長く撃ち合えば、多勢に無勢で二百など簡単に呑み込まれてしまうからだ。しかし、少数であることは損なばかりではない。軍勢が多くなれば多くなるほど、動きは鈍る。

再び、ぶつかった。


赤い獣





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