肩へ焼きつくような熱さと共に曹操は馬から転げ落ちた。
先ほどまでは自分が、その前は自分の従兄弟が乗っていたそれは既に白目をむいて泡を吹き、己がもう使い物にならないということをわかっていないかのように脚で空を切っていた。

「ぅぐっ...」
肩に刺さった矢を抜き取る。肩当てのおかげで傷は浅かったが、広がっていく生暖かさと痛みに、顔を顰めた。

「あー、いたいた」

急に背後から降ってきた声に、剣を持ち直して勢いよく振り返った。が、声の主をみて、思わず力が抜けてしまった

「...鄭鵞か...。あまり、驚かせてくれるな」

「二百の気配にも気づきませんでした?」

相当必死だったみたいですね、などと皮肉るように言う目の前の女に、何か言い返してやろうしたが、それは別の声と馬蹄にかき消された。

「孟徳、無事か!?」

「殿ぉ!」

「夏侯惇、夏侯淵、わしはこの通りだ」

だが、徒歩で追うと言って、自分に馬を譲った男の姿がない。

「曹洪は?」

「河を渡るのだろう?舟を探している」

「そうか... 」

曹操が安堵したところで、夏侯淵がおずおずと口を開いた。

「えっとぉ...あなたは...」

そういえば、この二人は鄭鵞の顔をみるのは初めてであった。

「ああ、お久しぶりです。夏侯淵殿、夏侯惇殿も」

「お前...!」

「おお、鄭鵞だったか!」

「ふむ、して、鄭鵞よ。そなたはこれからどうする?」

「そうですね...取り敢えず一度河内の袁紹殿のもとへ」

「そうか、ならばここで一度さらばだな」

「そうなりますね、...では」

「ああ、また会おう、鄭鵞」

曹操らに見送られ、鄭鵞は駆け出した。


乱世は、やはりあの男を生かした。
ならば我が主は?
この乱世を越えることができるのか?

否、まさかそんな事があるはずはない。

だが、構わない。人の行く末など、然るべきときに決まるのだ。
それに安息など、何もかもを棄ててまで、手にするものではない。

背の二百と共に、唯駆けた。



河内には、見知った顔があった。

「田豊殿...ですね。お久し振りです」

田豊は前まで韓馥に仕えていた軍師で、宦官の専横に憂いて郷里に帰ったが、その後袁紹に取り立てられたと聞いた。

「鄭鵞殿、お久しゅう。...袁紹殿なら、あちらの幕舎に居られる」

田豊に導かれて行き着いた幕舎には、特に変わった様子もないあの名族がいた。

「鄭鵞か、ギョウからの援軍、大儀である」

「勿体無きお言葉。して、袁紹殿、私はこれよりギョウに戻ればよろしいでしょうか?」

「む、いや、此処に駐屯せよ。お前には前線で戦功をたててもらう、よいな」

「はい、それは構いません」

「うむ、田豊、幕舎を建てさせよ。鄭鵞はそれができるまで待機するように。下がってよいぞ」

は、と一礼し、幕舎を出た。

「鄭鵞殿、少々お待ちを...」

「はい...ところで田豊殿、私を河内に駐屯させる...貴方の入れ知恵ですね?」

二百など、取るに足らない数である。袁紹がわざわざそんなものを前線に組み入れようなどと思う筈がない。

「...袁紹殿は軍を動かそうとしません故、」

「あの様子ではそうでしょうね。それで、盟主があれで、私には仕事があると?」

そこまでいう理由は、最近、どうも幽州の公孫サンの様子がおかしいからである。董卓討伐の義を掲げつつ、冀州を狙っている。そんな感じがするのだ。こちらにいても用がないならば、冀州の防備が優先である。

「愚問、鄭鵞殿には働いて頂かなくてはなりませぬ。近々孫堅殿が徐栄を攻める筈にて」

「なら、いい。出撃準備は整えて置きます故、何時でも号令を」

できるだけ早く、董卓は斃さなければならない。大儀ではなく、平穏の為に。


協奏せよ



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