降り積もった雪は姿をかえて大河へと流れ込み、大地は新緑に覆われようとしていた。
其れに対する賛美の言葉を頭の中に並べてみては掻き消し、戦争をしていることすら忘れてしまいそうな平穏さに、溜息を一つ、考えを巡らせたのは、今朝の出来事である。

反董卓連合軍は袁紹を盟主とし、 三方向から董卓を包囲した。連合軍の多くは、河内や酸棗に駐屯している。しかし、十数万の兵を集めながら、会議と宴会に明け暮れて戦おうとしない 。
ここで董卓を破れば、袁紹は董卓に変わって政治をすることができる。あの名族は、そんな事もわからないのだろうか。
そこまで考えて、溜息をもう一つ。

「ここにおられましたか、鄭鵞殿」

「沮授殿、どうかなされましたか?」

沮授が隣までやってきた。情勢に進展があったという。

「曹操殿と鮑信殿が出撃したそうです」

「...たしか曹操殿は五千、鮑信殿は二万程でしたよね。対する董卓軍は、徐栄辺りでしょうか、」

「おそらく。となれば精鋭三万は出してくるでしょう。まあ、勝ち目は無いのですが、」

沮授がにこりと笑い、続けた。

「韓馥様に、大した損害にならない数までという条件付きで、援軍を出す許可を頂きました」

そういえば、沮授と曹操は旧知の仲であると聞いたことがある。その誼なのであろうが、よくもまあ、あの戦嫌いの主を説得したものだ。

「それで、私は残れ、と釘を刺されましたので」

「私が出れば良いのですね?今から行ってもできるのは撤退援護ぐらいでしょうし、軽騎兵を二百程度頂きましょうか」

「さすが、話が早くて助かります。途中の関所への伝令は私が出しておきますので、替え馬や食糧はご心配なく」

「感謝します。では」



そうして主の軍営があるギョウを発ち、今まさに、戦場になっているであろうケイ陽のベン水までもう少しのところまで来ている。沮授のおかげで、思ったよりも早く兵馬を進めることができた。


徐栄の軍勢の側面が、すぐそこに見える。
まだ、こちらには気がついていない。馬を速め、一気に突いた。
軍勢の一部が、そこから崩れ始める。

「鮑信殿!」

一番に見つけた人物の名を叫ぶ。
鮑信は負傷していた。下がれ、と目で訴えた。

「だが、弟が...」

この軍勢に呑まれては生きている筈もありますまい、あとでも良いでしょう、とそう言いかけてやめた。この状況で言えば、面倒なことになる。

「私が捜索します故、鮑信殿はお戻り下さい!」

そう言い捨て、体制を立て直しかけている敵の騎兵を再び崩しにかかる。少数で真っ向から当たれば壊滅は必至。駆け回って機を伺うが上策。鮑信が逃げ切れるだけの時間を稼げばいいのだ。
ふと、地面に横たわる死屍累々の中に鮑信の軍の一兵卒のそれとは違う鎧が見えた。
長剣で引っ掛けて持ち上げると、首から上はなくなっていたが、おそらく先ほど鮑信が捜していたものであろう。
陣に戻ろうとしていた将校にそれを任せ、蒼を纏う小柄な男の顔を思い浮かべた。
まあ、生きてはいよう。男の姿を捜しつつ再び目の前の集団を斬り裂いた。


十を喰らう魔物



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