太陽の見えない灰色の空は、金属製の凸凹とした天井と形容するに相応しい。そこから舞い降りる白い華は、己の掌に着くと同時にその姿を無限に変化させるそれに代わり、指先から感覚を凍らせていく。
最近は董卓の悪政の所為か、随分と反乱が多くなった気がする。城を出たときの寒さに肩を震わせたのは、何度目になろうか。
得物にべっとりと付いた血を振り落とし、馬に跨った。
そして、今に駆け出そうというときである。
微かに馬蹄が雪積もる地を蹴る音が聞こえ、徐々に徐々に大きくなっていく。
少し身構えたが、しかしそれは確かに、主のところの伝令将校であることは、装備から見て取れた。
どうした、と此方から話しかけた。
寒さの中を急いだ所為か白い顔をした男は、鄭鵞の近くまで来ると直ぐに馬を降り、拱手する。
「は!緊急の召集のため、任務を完了し次第急ぎ城に戻るようにと、韓馥様より、」
「了解した。ご苦労」
また、何かあったのか。白い溜息を一つ、駆けた。
城に着くと、直ぐに血と溶けかけた雪に塗れた外套を清潔なものに着替えた。それから軍議を執り行っているであろう場所に向かうと、既に自分以外は揃っているようだった。
「ああ、戻ったか、鄭鵞。大義であった」
「は。して、韓馥様。この度は何故...、」
「うむ、沮授」
「はい。鄭鵞殿、先ずはこちらを」
ありがとうございます、と一言かけてから、差し出された書簡を手に取り、広げる。
「これは...」
董卓の罪悪を述べ、決起を促す檄文であった。
「三公の公文書、ということなのですが...、」
沮授が言った。
確かに董卓の支配下とはいえ、董卓に反発の念を抱く者は多い。しかし、少しでも逆鱗に触れれば首が飛びかねないこの状況で、公文書を送ることなど出来まい。
「偽物でしょう」
それから続けた。
「しかし、諸侯が董卓討伐の動きを見せていることに、変わりはありません。ここは、慎重に考えるべきです」
「そなたもそう思うか...」
董卓か、袁紹か。
主の表情から、董卓に楯突くのは怖いし、諸侯に攻め入られるのも怖いという思いが読み取れた。
沈黙。
「韓馥様、」
不意に、劉子恵が口を開いた。
「国の一大事なのです。董卓も袁氏もありません」
「あ、ああ...」
「しかしながら軍事とは不吉なもの。真っ先に行動は起こさず、他に動く者があれば、其れに同調すれば良いでしょう」
それでいいのかもしれない、と鄭鵞は思った。小心者には小心者なりのやり方がある。
付け加えるように言った。
「幸い、冀州は他州に較べて弱くありません。他人の功績も冀州を上回ることは、まあないでしょう」
韓馥は、少し考えてから、決意したように顔を上げた。
「うむ。ならば、そうしよう。構わんな?」
それから結局、冀州は袁紹に挙兵を認め、反董卓連合軍の一員になった。
これでまた、情勢が変わる。いい方に転べばいいのだが。そんな事を思いながら、兵をまとめる為に足を進めた。
開戦の魔笛
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