ある昼下がり。
あたたかな陽気に包まれながら、魔物たちのお世話をするため私はそのねぐらにいた。
いるのはギャーとかガオーとか唸り声をあげている魔物の子たち……だけのはずだったのに。
私は今、見知らぬ生物と視線を交えていた。
「…………」
「…………」
お互いがじっと見つめあってどれだけ経つのだろう。しかしいくら待っても状況が動くことはなさそうだ。
目の前の生物はパッと見たところ鳥の仲間……だろう。羽とクチバシと爪という要点だけ見れば。
鳥と言えば私の天敵ロフトバードが思い浮かぶ。しかし目の前のそれはまず、小さい。私の両手で抱っこできるくらいのサイズ感だ。全身の羽は真っ白でふわふわしている。唯一ロフトバードと違うのは頭にちょろりと赤いトサカが立っている点だけれどこれが何の役割を担っているのかは謎だ。
見つめあったままだとそのまま日が暮れそうなため、ひとまず意思疎通を図ってみることにした。黒くてまん丸な瞳は相変わらずじっとこちらを見つめ返している。
「……こ、こんにちは?」
くりくりした目は私を見据えているがそれ以上の反応は、ない。言葉を話すことは出来ない種族なのだろう。たぶん。
再び沈黙が支配し私は頭をひねる。
さて、どうしたものか。
ここが外でただの道端なら未知の生物との遭遇ってだけで済んだ。おそらくこの子に敵意なんかはないから、私がいなくなればまたどこかへ立ち去って行くのだろう。
しかし今私たちがいるのは、そこかしこでケモノが牙を向けている魔物たちのねぐらだ。何故こんなところに紛れていたのかはわからないけれど、放っておいて何かあれば怒られるのはこの子を目撃した私だ。
そんな訳で、この子を見つけてしまった瞬間から上司へ報告する義務が発生しているのである。
試しに恐る恐る手を伸ばしてふわりとした羽を撫でてみた。反応はないけれど拒絶も反撃もない。おっかなびっくり小さな体を両手で抱えてみると、すんなりと持ち上げることが出来た。捕まったことを認識していないのか疑うレベルで抵抗がなく逆に不安になる。
「……今からこわい人のとこ、連れてっていい?」
一応胸に抱いたその子に確認してみる。
拒否されても困るけれど、反応はやっぱりない。……まあ、害はなさそうだし持っていっても「また変なものを拾ってきたのか」と蔑まれて終わるだろう。
私はしばらく両手にある羽毛の温もりを堪能しながら、主人のところへ向かった。
* * *
こわい人……もといギラヒム様はお気に入りの椅子に腰掛けてうたた寝をしていた。
私が入ってきたのを察すると邪魔された苛立ちを隠そうともせず不満げな視線を寄越してくる。
……が、その視界に私の手の中の物が飛び込んだ瞬間、彼はピタリと固まった。
「…………コッコ」
「え?」
ギラヒム様が呟いた言葉の意味がわからず思わず聞き返す。
彼が発声するにはすごく可愛い単語が聞こえた気がするけど、それにしてもその表情は硬い。というより、若干青ざめてる?
「お前、それをどこから拾ってきた」
「魔物たちのねぐらに紛れてたので、一応マスターに確認した方がいいかなと思って」
「外に出してこい。今すぐにだ!」
半分予想通りの解答だったけれど、不思議なのは彼の表情だ。
あの怖いもの無しで鬼畜の化身のギラヒム様が、心なしかこの子のことを危惧してるというか……恐れている?
「マスター、この子のこと知ってるんですか?」
「……コッコだよ」
「コッコ?」
何、その可愛いお名前は。
聞く限りおそらく種族名?なのだろう。ギラヒム様の口から発されていると思うと余計に可愛い。あわよくばもう一回言ってほしい。
が、私の能天気な感想とは正反対に彼は相変わらず気味の悪いものを見る視線を寄越してくる。
「いいから早く放して来い。 ……なるべく遠い場所で」
「は……はい」
主人の口調は至って真面目なものだった。どうやらここは茶化さずに命令に従った方が良さそうだ。
私は勢いに呑まれそれ以上は何も聞かず素直に部屋を出ようとする。と、
「待て」
「はい?」
「……絶対にソレを刺激するなよ」
「わ、わかりました」
彼は真剣な口調そのもので釘を刺した。
……どういうことなんだろう。私が部屋から出て行く際、ちらりと見えた主人の顔は脅威から解放された安堵が垣間見えていた。
天邪鬼なリシャナさんにはカリギュラ効果覿面な訳で、絶対にやるなと言われたら是が非でもやってみたくなる。なのだけれど、主人のあの様子をみると本当に何もしないほうがいいのだろう。
まあ、興味とは別に可愛い生物をいじめるつもりは毛頭ない。
言われた通り外に、しかもなるべく遠くと仰せなので森の奥の食料や水に困らないところに放そうと思って私は外へ出た。
その間も両手に抱かれたコッコは大人しく何か訴えるわけでもなくまん丸な黒目をぱちぱちと瞬かせていた。
* * *
「おー、お嬢」
屋内よりもあたたかで時折やわらかい風が吹く外に出ると、よく響く大きな声が私を引き留めた。
その呼び方である程度予想はついていたが、振り返るとそこにいたのはやはり大きなトカゲの魔物さんだった。
「リザル、帰ってたんだ」
「おお。お嬢は何してンだ?」
リザルはたった今外から帰ってきたばかりなのだろう。重そうな防具や武器を見に纏い、ところどころ小さな傷をつけていたが至って元気そうだ。
私は胸に抱いたコッコを見せながらリザルへ返す。
「この子がねぐらに紛れ込んでたんだけど、外に放してこいってマスターに言われたから行くところ」
「何だァ? その白いの」
「コッコだって」
リザルもこの子を見るのは初めてらしい。
ギョロリとした大きな目が興味深そうに小さな体を捉える。傍から見ても迫力満点だけれど、当のコッコは獰猛な視線を浴びてもなお無表情で無反応のままだった。
「……よくわかンねェ生きモンだな」
「鳥の仲間だと思うんだけど、すっごく大人しいんだよね。マスターは絶対刺激するなって言ってたけど」
「へェ……」
マスターほどではないけどまあまあ長生きのリザルも知らないということは珍しい種族なのだろうか。
ますます不思議な子だ……と、手の中の白い羽の塊を見ていると不意に視線を感じて私は顔を上げた。
当然、目の前にはリザルがいる。
が、大きな目の中の瞳孔が細くなっていることに気づく。
……嫌な予感がする。
「あの、リザルさん?」
「……お嬢、俺ァ今、腹が減ってンだ」
明らかにリザルは私に話しつつも視線が手の中のコッコにしかない。熱すら含む視線を浴びたコッコはそれでもなお無反応だけれど、私は冷たい汗をかく。
これは、まずいかもしれない。
「じゃ、リザルもお腹空いてるってことでここは早く解散……あ!!」
一足遅かった。
踵を返した私より大きな体のリザルの腕が回ってくる方が早かったのだ。
手の中の羽の塊はあっという間に摘まみ上げられ、腹を空かせたトカゲ族の手中へ捕われてしまう。
「り、リザル待った!」
「大丈夫だっての。……一口しか食べねェから」
「その一口って丸飲みのことですよね!!?」
私の突っ込みは最早野生に帰ったトカゲさんには聞こえていない。
有言実行。一口でコッコをいただこうとリザルが鋭利な牙を剥き出しにし、コッコが穴に放り込まれていく──その時だった。
────コケコッコーーッ!!!
「……へ?」
今まで口を開くことのなかったコッコが、甲高い声を上げた。
あ、だからコッコなんだ。と呑気な感想を抱いたのとは裏腹に、その咆哮は何故か獣のソレのように聞くものを威圧させる迫力があった。
その瞬間、
「──グヘェッ!!?」
リザルの顎を、コッコの頭突きが貫いた。
──骨ごと逝った、鈍い破壊音が響き渡った。
「り……リザルーーッ!!?」
私の叫びも虚しくリザルは白目を向いて卒倒する。
慌てて駆け寄って脈をとると辛うじて一命を取り留めているが完全に意識が持っていかれている。
何が起こったのかわからないままの私に、本来は小さくて聞こえないはずのその子……いやソイツの足音が耳に響く。
「ひっ……」
振り向くと、抱いていた時とは変わらぬ無表情の、コッコ。
しかし可愛らしい黒目は確実に私を見つめている。リザルの仲間……イコール敵だと認識した目が、私を捉えている。
「ゆ、ゆるし……」
悲壮に満ちた声で許しを乞うけれど、白い羽の塊には聞こえていない。
そして私は半泣きのまま、
──コケコッコーーッ!!!
その雄叫びを最後に聞き、悲鳴を上げた。
*
「──だから言っただろう」
「……もう鳥は信じません。絶対に」
「鳥じゃなくて、コッコが特別なんだ」
「身を持って思い知りました。……マスターがコッコって言うのは可愛いと思いますけど」
「……また遭遇させるぞ」
「すみません許してください私まだ死にたくありません」
無双でぎらひむ様がコッコって口にした時の衝撃ったら……。