ZEXAL_dream | ナノ

 青い疵

 数日前からVの様子が可笑しい。と言っても何処となく俺に対してぎこちない、程度の話だ。
 が、Vが俺にぎこちない理由を俺は分かっていた。――俺の服の下にくっきりと残る、真新しい痣を見たからだ。恐らくVはこの痣が付いた理由を理解も想像も出来ず、かといって俺に問い質す事も出来ずに悩んでいるのだろう。尤も、万が一尋ねられたとしても俺は正解など教えてやりはしないが。

 今も服の下に残る痣。紫の其れは黒ずみ、やがて青く、黄色く変色して肌色に戻る。ほんの数秒だけ見たVには、その治りかけの痣まで見えなかっただろう。肌の下に大量に刻まれた痕。これのせいで、外で女を抱く時に明かりをつける事は殆ど無くなった。たまに見られた時は適当に同情を引きそうな理由をでっち上げているものの、面倒であることに変わりはない。触れられれば当然痛く、その度に俺は薄暗い闇の中無遠慮に俺の肌へ触れる女の頬を思い切り引っ叩いて泣かせてやりたい気持ちを抑えて笑わなければならなかった。嗚呼ムカツク。
 俺の体に痣を刻んでいる張本人は今日も涼しげな顔で洗濯物を干していた。快晴の空の下、庭の物干しへシーツを吊るす。正直乾燥機でいいじゃねぇかと思うものの、俺の仕事ではないから口は出さない。壁に寄りかかって洗濯物を干す動作を見ていると、不意にそいつは振り向いた。
「W様、何か御用ですか?」
「あ?俺が何処に居ようと勝手だろうが」
「えぇ、そうですね。ただ、極東のチャンピオンともあろうお方が昼間から暇を持て余しているのでとうとう本性がバレて失業されたのかと心配になりまして」
「テメェ……!」
 にこやかにそう告げる使用人の顔をぶん殴ってやりたい。ついでにそのまま押し倒して頬を張り倒して首を絞めて殴って弄って泣かせて喘がせてぐちゃぐちゃになった顔で俺に心からの謝罪を乞わせてやりたい。が、当然のように繰り出した拳は簡単に右手で受け止められた。
「使用人の手を煩わせないで頂けますか、W様。私、これでも仕事中ですので」
「テメェの仕事は俺の身の回りの世話だろうが!」
「正しくはトロン一家の身の回りの世話及び屋敷の管理、その他雑用が私の仕事です。W様お一人に構っている時間はありません。子供じゃないんですから構って構って、と駄々を捏ねないで頂けますか」
 俺の手を振り払うと、再び洗濯物を干す作業に戻る。ギリ、と血が滲む程唇を噛み締めて睨んだ所でこいつの手が止まる事は無く、暫くして作業を終えた使用人は俺に声を掛けるでもなく室内へ戻ろうとする。ああ、ムカツク。心底ムカツク。
(テメェこの俺を誰だと思ってやがる!)
 聞いた所で、心底馬鹿にしたような呆れたような顔で「W様でしょう」と言われるに決まっているだろう。ああ、ムカツク。もしこれがVだったらアイツは即座にでも作業の手を止めてどうしました、なんて優しい声で言うのだろう。容易く想像出来た光景に、余計に腸が煮え滾るような思いがした。
 だから。例えばそれが無駄だと分かっていても俺はアイツの左腕を無理矢理掴んで、思い切り引っ張ってやった。予想外だったのか、はたまたわざとなのか、簡単にアイツは俺の腕の中に引き寄せられた。後ろから抱き締めるような形のまま、俺は掴んだ腕を力の限り握り締める。――顔は見えないが、どうせいつものいけ好かない涼しい顔をしてやがるんだろう。それを証明するように、コイツは先程と何ら変わらない調子で言った。
「……離して頂けますか、W様。先程も申し上げましたが、私は未だ仕事が残っておりますので」
「ハッ!ンな事後で良い。……この俺を馬鹿にしやがった事、たっぷりと後悔させてやるよ」
「…………」
「テメェ今憐れんだ顔しやがっただろ!見えなくても分かるんだよ!ムカツクぜ、テメェ……!」
 ――本気で今日こそ啼かせてやる。
 そう決意した瞬間、ふっと宙に浮く感覚がした。直後、背中から地面へと叩き付けられる。――今のは間違いなく、背負い投げだ。背中が痛みに悲鳴を上げる。主を躊躇いも無く叩きつけた使用人は、やはり涼しい顔で俺を一瞥して室内へと戻って行った。

 無理矢理体を起こす気力も湧かず、面倒になって横になったまま空を見上げる。
 いつだってこうだ。押し倒せば殴られて、抱き寄せれば蹴り飛ばされる。女とは信じ難い程にアイツの拳は重い。本人曰く「これでも手加減をしている」そうだが、実際は知らない。ともかく、アイツのお陰で俺の体は常に傷だらけだ。……ああ、胸糞悪い。心底ムカツク。
(見事に服で隠れる箇所だけヤりやがって)
 そう言う冷静な思考が余計に腹立たしい。癪に障る。照れ隠しで勢い余って、なんて可愛げなんて欠片も無い。ただの明確な拒絶だ。
 Vには絶対にしない癖に。Xにだって、トロンにだってアイツは手を上げたり等しない。怒らず、従順に傍らに立つだけ。いつだってアイツが反抗するのは俺にだけで、冷たくあしらうのも、痣を残すのも、嘲笑うのも全て俺にだけだ。その事実に苛立つと同時に、酷く甘美なものを感じてしまう俺はきっとどうかしているのだろう。ある意味での特別扱い。
(……いっそ、一生消えねぇような傷でも残せよ)
 頬に刻まれた十字の傷を指でなぞる。そう、この傷跡のように二度と消せない痕を残せば良い。取り返しのつかないような、醜く深い傷を。そうして其れを一生後悔し続けて、俺と言う存在をアイツも同じように深く刻み込めばいいのだ。

「馬鹿みてェ」

 く、と喉を鳴らして哂う。当然のように洩らした本音は誰に届くこともなく空中に消えた。


【けれど想いは消えず、】<120507>

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