ZEXAL_dream | ナノ

 記憶の飴玉

「お前、キレイだな。人形みたいだ」
「……え?」
 不意に掛けられた声に、膝の上に乗せていた本から顔を上げる。初めて聞く、男の子の声。太陽を背にした少年が、私を見て笑っていた。きらり、と日を浴びて男の子の金の髪が光る。前髪は太陽よりも鮮やかな金で、後ろ髪は赤紫の綺麗な髪をしていた。
 一瞬、何を言われたのかよく分からなかった。目の前の、綺麗な男の子。上等そうな身形の彼は私よりもずっとずっと綺麗で、はにかんだ顔がとても可愛らしい。一応、と左右を伺うも、此処には私しか居ない。どうやら私へ向けられた言葉のようだ。
「……私のこと?」
「うん。すごく、キレイだ」
 確認の為問いかけてみると、屈託のない笑みを浮かべて男の子は頷いた。
 きれい。人形みたい。そんな言葉、初めて言われた。生まれて初めて、他人から向けられた褒め言葉に頬が熱くなるのを感じる。面と向かってそんな風に言われるなんて、少し恥ずかしい。
 冗談でしょう、とあしらおうと彼を見る。けれど彼はやっぱりきらきらした目で私を見ていて、彼の言葉を疑った自分が恥ずかしく思えた。きっと彼は、本気で、私を褒めてくれたのだ。初対面の男の子にそんなことを言われるのは不可解だけれど、それでも、嬉しいと思ったのは嘘じゃない。
「……ありがとう」
 少しだけ悩んでから、お礼の言葉を口にする。すると彼はとても嬉しそうに笑った。
「どういたしまして!」
 邪気のない、可愛らしい笑み。その眩しさに私は思わず目を細める。――きっと彼は、とても優しい日向のような世界に居るのだろう。見ただけで分かる育ちの良さと、愛らしさ。優しい両親と家族に恵まれた子特有の、屈託のなさに少しだけ胸が痛んだ。
「なぁ、隣、座っていいか?」
「……うん、どうぞ」
 無邪気な言葉に私は頷いて、少しだけ横にずれる。読みかけのページに栞を挟んで閉じた。木陰の下、風が互いの髪を揺らす。
 此処は、近所の公園だ。今日も両親は仕事で家に居らず、私は妹を連れてここにやってきた。ここにくれば、大抵年の近い近所の子が居る。好奇心旺盛で遊び盛りのあの子は年の近い子を見るとすぐに近付いていって、瞬く間に友達になってしまうのだ。
 私とは、大違い。あの子はいつだって誰にでも好かれていて、私は誰からも避けられる。どうしてか、は分からない。私の力を知らない子も、不思議と私には近寄って来なかった。例外といえば少し離れた家に住む年下の兄妹位で、今日はあの子たちは公園に来ていなかった。
 だから、こんな風に初めて出会う子に声を掛けられるのも初めてで、私は少し緊張していた。ぎゅ、と閉じた本を胸に抱く。ちらり、と公園の方を見るとあの子はどうやら遊び相手を見つけたらしく、楽しそうに走り回っていた。相手の子は、……男の子、だろうか。女の子にも見える。ピンク色の髪が走る度に揺れて可愛らしい。隣に座っている彼に、ちょっとだけ似ている。
「……弟さん?」
「ん?あぁ、そうだよ。かわいいだろ」
 ズボンを履いていたので男の子かと思ったのだが、どうやら当たっていたようでホッとする。まるで自分のことのように誇らしげに言う彼に自分の妹の姿が重なって、思わず笑ってしまった。
「うん、とっても」
「だろ」
「君は、……かっこいいよ」
 ちょっとだけ、口に出すのを躊躇う。けれどさっき彼は素直に私を褒めてくれた。それがとても嬉しかったから、私も素直に言いたかった。走っている方の子は肌が白くて可愛らしいけれど、隣にいる彼は少し日に焼けていて男の子らしかった。
「……!……あ、あたりまえだろっ!おれは、父様みたいにかっこよくなるんだ!」
 私の言葉に、彼は顔を赤くしてそっぽを向く。どうやら恥ずかしかったらしい。強がっている口調とは裏腹に、真っ赤に染まった耳が可愛かった。
「この公園には、よく来るの?」
「ううん、今日初めて来た。父様についてきたんだけど、おれたちは外で遊んでなさい、って」
「そっか」
 どうりで見覚えのない筈だ。……それにしても、父様、なんて。そんな時代錯誤な呼び方、初めて現実で聞いた。少しだけ落ち込んだような顔を見て、ああ、この子はその父様が大好きなんだろうな、と思う。――羨ましくない、と言ったら嘘になるだろう。
 父様。そんな風に呼べるような、父親だったなら。父様。母様。口の中で言葉をあめ玉のように転がしてみる。けれど現実の両親を思い描けば途端にその言葉は苦く舌の上で溶けて、消えてしまった。腕の中の本をぎゅ、と抱き締める。胸が、痛い。
「ねぇ、君は家族のこと、好き?」
「うん。おれ、クリス兄様のことも、父様のことも、___のことも、だいすきだよ」
 聞き覚えのない名前はきっと、今あの子と遊んでいる彼の弟の名前だろう。柔らかい、優しい響きの名前だ。
「そっか。……ねぇ、君の名前、教えて?」
 私の言葉に彼は大きな目をぱちくりと瞬かせる。赤い、ルビーのような綺麗な瞳。私の問いかけに彼は「あ」と声を漏らして、それから言った。
「おれは、____だよ」
 弟や兄とは違う、力強い響きの名前だ。男の子らしい、……彼によく似合う、小説の中にでも出てきそうな名前。かっこいいね、と今度は素直に言うと、彼はまた顔を真っ赤にして俯いた。思わず妹にするのと同じ感覚で頭を撫でてしまいそうになり、慌てて本を抱き締めることで抑えた。これくらいの年頃の男の子は子供扱いすると拗ねてしまう。ついこの間も近所に住む男の子に、頭を撫でたら「こどもあつかいすんな!」と怒られてしまった所だ。
「……おまえの、名前は?」
 赤くなった顔を俯いて隠しながら、彼が私に尋ねる。
「私は、雪。……向こうで遊んでるのが妹の、」
 ぴょんぴょんと飛び跳ねている妹を指さして名前を口にする。するとあの子は私に気付いたようで、満面の笑みを浮かべてぶんぶんと大きく手を振った。動く度に、頭につけた大きな真っ白いリボンが揺れる。小さく手を振り返すと、あの子は一層嬉しそうな顔で「きゃー!」とはしゃぎながらピンクの髪の男の子の手を引いて走って行ってしまった。
「……ごめんね。弟さん、連れ回しちゃって」
「いいんだよ。あいつ、友達ぜんぜんいないし」
「私と一緒だ」
 ふふ、と笑って走る二人を眺める。もしあの子が私の姉だったなら、ああして私を色々な所に連れ回してくれたのだろうか。そう思うとピンクの髪の男の子が少しだけ羨ましい。なんて考えていると、いきなり手を握られた。持っていた本が滑り、芝生の上に落ちる。
 何が起こったのか分からずに目を瞬いた。……彼が、私の手を握っている。ルビー色の瞳が私を真っ直ぐに見ていた。
「な、なら、おれがっ」
「うん?」
「っ、およめさんに、してやる!」
 耳と頬が、真っ赤に染まっていた。握る手もぷるぷると震えていて、緊張しているのがありありと伝わってくる。……友人も恋人もすっ飛ばしていきなり結婚を迫るとは今時の若者は恐ろしい。――いや、私もまだ十分若者で、更に言えば子供なんだけど。
 子供の、戯言だ。ありがとう、大きくなったらね、と微笑んであげればいい。それが大人の対応という奴だ。けれど、こんな風に顔を真っ赤にして、本気で告白をされたのは初めてで。綺麗だと言われたのも、初めてで。隣に座っていいか、なんて聞かれたのも初めてだし、自分より年下とはいえ男の子と二人きりで話をするのも、何もかも全部初めてなのだ。――ううん、違う。もしこれが、初めてじゃなくたって、私は。
「……ほんとう?」
「ジョーダンで、こんなこと、いわないっ」
 窺うように尋ねてみる。すると、全力で返された。恥ずかしいのか、キッと私を睨んでくる。
 どう、しよう。
(うれしい、なん、て)
 頬が、熱い。動悸がして、さっきとは違う意味で胸が痛い。ドキドキと心臓が脈打つ音が大きくて、あまりの五月蝿さに彼にまで聞こえてしまうんじゃないか、と思ってしまう。
 こんなの、一時の感情だ。知らない場所で、心細い中で出会ったから、好きだと錯覚しただけ。きっと数日経てば、今日の言葉なんて忘れてしまう。数年も経てば私のことも全部忘れて、この子は知らない誰かと恋をするんだ。私だって、そう。
 分かっているのに、流せない。どく、どく、と心臓の音がする。
「……じゃあ。大きくなったら、私をあなたのお嫁さんにしてね」
 ――きっと、いつか、忘れられてしまう約束だけど。きっと叶わない夢だけど。けれど、今だけはその嘘に騙されたって、きっと誰も咎めない。
 私の返答に、彼はまた目を丸くして驚いて、それからそれはもう嬉しそうにはにかんだ。
「約束なっ」
「うん、約束」
 念を押す彼に答えると、彼は照れたように笑った。それから何かを思いついたような顔をして、握っていた手を離す。なんだろう、と思っていると彼はおもむろに自分のリボンタイを解いて私に差し出した。淡い黄色のリボンだ。
「これ、指輪の代わりな」
「……うん。それじゃあ、私も」
 確かに交換するにはちょうどいいかもしれない。そう思い、私は髪を結んでいた細いリボンを解く。彼の瞳と同じ、赤色のリボン。お互いに交換して、彼は私のリボンをタイの代わりに結んだ。私はというと、髪を結ぶには長さが足りないのでやはり彼と同じようにシャツの首元へ結ぶ。
 それから暫く他愛無い話をしていると、公園の入口の方から知らない男の人が彼を呼んだ。その声に、彼と、彼の弟が反応する。嬉しそうな顔。ああ、あの人が彼の父様なのか、と納得した。彼に似た面影に、穏やかな顔。とても優しそうな人だ、と思った。
「さぁ、帰ろうか」
 そう男の人が言うと、彼は大きな声で「はぁい」と答えた。それから、私を見る。赤い瞳が、彼の顔が、近付いて。柔らかくて温かいものが、唇に、触れた。
「……っ、またな、雪!」
「……また、ね、」
 私の反応を待たずに、彼は立ち上がって駆け出す。彼の弟も父様へと走って行って、二人同時に男の人の手を握った。三人とも嬉しそうに、優しい顔で笑う。幸せそうな親子だ。きっと、もう会うことは無いんだろう。またね、という挨拶が叶うことはない。
 それでも、今日彼と出会ったことは夢ではないと首元のリボンが証明してくれる。私をきれいだ、と言ってくれた、男の子。初めてあった私をお嫁さんにしてくれる、と言った優しい子。――私の、ファーストキスを奪った、男の子。
 きっとこれから寂しい夜があっても、あの子を思い出せば少しだけ幸福な気持ちになれるだろう。それから、ほんの少しだけ恥ずかしくて、甘酸っぱい気持ちも蘇るのかもしれない。
「……私達も、帰ろうか」
「うんっ!」
 此方へやってきた妹に声をかけて、手を差し伸べる。小さな手が私の手をぎゅっと握った。私が微笑む。妹も、嬉しそうに笑う。――あの親子のような“幸福”からは遠いけれど、それでも十分だ。もう、二度と会うことはないだろうけれど。――いつの日か、“また”の約束が叶えばいいな、と思った。


【思い出を、舌の上で転がす】(120702)

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