ZEXAL_dream | ナノ

 u_02

 僕には、どうしてもW兄様が彼女を――新しくやってきた使用人である、雪さんを嫌うのか、理解出来なかった。
 それは別に僕が雪さんに一目惚れをしてしまって肩入れをしたくなったから、なんていう有体で且つ子供染みた妄想に似たものではなく、単純な感想としてだ。
 トロンが連れてきた女性。X兄様が何も言わないのなら、きっとX兄様も彼女がどういう人間なのかを理解した上で彼女はこの家に招かれている。それだけで彼女は十二分に信頼に足りる人物であり、同時に、拒んではいけない人物だ。この先僕が彼女と言う人間に好感を抱けるか、信頼関係が築けるか、なんてことは分からない。それでも、分からなくても僕は――僕達はトロンの選んだ彼女を拒絶してはいけないのだ。
 トロンが、僕達に仕えさせる為に選んだ女性。それはつまりトロンの計画に必要な歯車の一つで、ある意味で僕達と同等の存在だということになる。だから、僕達は彼女を受け入れなくてはいけない。あるのは権利ではなく義務であり、それはW兄様だって理解している筈だ。
 それなのに、W兄様は最初から彼女を拒絶した。あの、W兄様が。彼女はW兄様のファンではなく使用人なのだから、ファンに向けるような笑みや紳士的な言動は確かに必要も無く、行う意味もないのだろう。それでも見知らぬ女性に対して慇懃無礼に働くような人ではない。勿論それはW兄様が本当は良い人で心優しい人だから、なんてことは微塵もなくて、僕達の中でも一番警戒心が強い人だからだ。相手の出方を探って、それから行動方針を決める。
(……W兄様らしく、ない)
 この言葉に尽きる。僕の知っているW兄様なら、絶対にあんな反応はしない。彼女の持つ何かが、W兄様の琴線に触れたのだろうか?彼の警戒心を強めるような、そんな何かが彼女にはあるのだろうか。……否、そんな筈はない。もし彼女が僕達にとって危険因子であればX兄様が気付かない訳がない。だからきっと、違う。それでも僕はW兄様が彼女を否定する理由が理解できず――その時の僕はその理由をW兄様本人さえ知ろうとしていなかったとも知らず――首を捻る。
 ――もしかしたら、彼女に接していればW兄様が彼女を拒絶する理由が分かるかもしれない。
 僕が雪さんに近付いたのは、そんな意図からだった。ただ、純粋に。咎めるでもなく、W兄様の行動の理由を知りたかったから。そうしてもしW兄様の、彼女を嫌悪する理由がとても正当なものであれば、僕は彼女を排除しなければならない。彼女自身を排除出来ないとしても、W兄様が厭う起因を、取り除かなければ。それが僕の、家族としての在り方だ。例えばそれが間違っているのだとしても僕は構わない。理解なんて求めていないのだから。



「雪さん」
 キッチンで料理を作る彼女に声を掛ける。僕の声に彼女は鍋をかき混ぜていた手を止めて顔を上げた。セピア色の、綺麗な瞳が僕に向けられる。その瞳はW兄様の大切にしている人形達のように澄んでいて、まるで何もかもを見透かしてしまいそうな目に僕は少しだけ肩を強張らせてしまった。怖い、のではない。……いや、本当はほんの少しだけ怖いのかもしれない。彼女の眼は、X兄様に似ていた。W兄様を咎める時の、X兄様の眼。真っ直ぐに射抜かれると何だか僕が悪い子になったような気分がする。
 彼女は僕の反応に少しだけ目を瞬いて、それからほんの少し、笑った。柔らかい、大人が子供を安心させる時に浮かべるような――父様が幼い僕に向けて下さっていたような、優しい眼差し。
 雪さんは火を止めて、鍋に蓋をする。それから水道で手を洗い、僕の方へとやってきた。足音一つ立てない静かな足取りはトロンの言う所の高貴に当て嵌まるのだろう。一つ一つの所作に無駄がない。――人形のように機械的な動きだ、と言ったら失礼になるだろうか。それでも僕は、彼女の一連の動作が綺麗だ、と思った。ビスクドールのように整った顔立ちに、綺麗な瞳。……やっぱり、W兄様が嫌う理由が分からない。だって、彼女は、雪さんは、きっと。
「どうかされましたか、V様」
「あ、……え、っと。その、喉が、乾いてしまって」
「畏まりました。少々お待ち下さい」
 そう言って彼女は冷蔵庫へと足を向ける。大きな冷蔵庫の中から彼女は液体の満たされた入れ物を取り出し、綺麗な硝子のコップへと注いだ。薄い琥珀に似た色の液体。彼女はそのコップを僕の下へと持ってくる。
「あの、これは……?」
 恐らく紅茶ではないだろう。受け取ったコップと彼女を交互に見つめて僕は尋ねる。すると雪さんは答えた。
「りんごジュースです。今お出しするならば紅茶よりも適切かと判断致しましたが……紅茶の方が宜しければ直ぐにお淹れします」
「い、いえ。これで、大丈夫です」
 恐らく直ぐに飲めるもの、ということでジュースを渡してくれたのだろう。先程の言葉は咄嗟に出てしまった言い訳だったが、確かに今は紅茶を飲みたい気分ではなかった。僕は少しだけ迷って、近くにあった椅子に腰を下ろしてから手の中のジュースを飲んだ。甘い、果実の味が喉を潤す。それはとても美味しかった。
「おいしい、です」
「そうですか。それは良かったです」
 ぽつり、と感想を零す。僕の言葉に雪さんは少しだけ柔らかい口調で応えた。
 けれど、飲んでから気付く。この家にこんなものがあっただろうか。紅茶の缶は幾つも並んでいるけれど、少なくとも僕はジュースなんて購入した覚えがない。W兄様やX兄様だって飲まないだろう。空になったコップを見つめていると、雪さんがまた中身を注いでくれた。
「不要かとも思いましたが、作らせて頂きました。たまには紅茶以外の飲み物も良いものですよ、V様」
 そう言って雪さんが笑う。トロンに紹介された時はとても冷たい、人形のように見えたのに、その笑みは作り物でも何でもないごく普通の女性の浮かべるものと遜色なかった。
「特に、V様とW様は成長期ですから。あまりカフェインの強い物ばかり飲まれてはいけません」
「雪、さん」
 少しだけ咎めるような、優しい言葉。僕達の事を考えてくれている台詞はとても演技には見えなくて、僕はますます分からなくなる。やっぱり、彼女は。
「……あの、どうしてりんごジュースなんですか?」
 少しだけ浮かんだ疑問をぶつけてみる。すると彼女は少しだけ面食らったような顔をして、それから何処か困ったように笑った。
「……子供が好んで飲んでくれる物、というと、私にはそれしか直ぐに思い浮かばなかったものでして」
 そう言って彼女は僅かに目を伏せる。何か、聞いてはいけない事を、聞いてしまったような罪悪感が少しだけ僕の心をちくりと刺した。けれど生じた罪悪感に駆られて謝るより先に彼女が言葉を続ける。
「他に、何かあれば教えて頂けませんか?V様」
 問い掛けに僕は何と答えていいのか分からなかった。けれど僕を見る彼女の眼差しは相変わらず優しくて、何かを答えなければならない、と思ってしまう。少しだけ考えて、僕は思った通りに言う事にした。
「……その。雪さんの手間で無ければ、色々なものを飲んでみたいです」
 子供染みた飲み物だ、と思う。けれど幼い頃の、――まだ何も知らない、幸福だった頃の記憶が甦ってしまったから。もうずっと飲んでいない、果実で作られたジュース。小さい頃はよく兄様達と一緒に、母様の作ってくれたそれを飲んだ。父様はよく紅茶を飲んでいて、憧れた僕が飲みたいと言って、飲ませて貰ったそれは子供の僕には苦くって。口直しに、と飲んだ果実の甘さを、思い出してしまったから。
「畏まりました。確りとご用意しておきます」
 雪さんは綺麗な仕草でお辞儀をして、僕の言葉を了承してくれた。きれいなひと。やさしいひと。微笑む彼女に僕は心の奥に生じたあたたかさを覚えながら、コップへと口付ける。

 ――やっぱり、彼女は、W兄様のすきになる、ひとだ。

 一つの確信。けれどその確信を僕は誰にも告げられず、ただコップの中身を飲み干すだけだった。



【きれいな、ひと】(120603)

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