ZEXAL_dream | ナノ

 アンノウン

 飲み物を買ってくる。そう言い残して立ち去ったアイツを追いかけられず、俺はベンチに座っていた。本当は手が離れた瞬間、腕を掴んで引き寄せてやろうと思っていた。けれど俺の手を解くアイツの表情は複雑で、――今にも泣きそうに見えた、と言ったらアイツはどんな顔をするんだろうか。
 何がアイツにあんな顔をさせたのかなんて分からないし分かろうとも思わない。しいて言えばこの状況をアイツは望んでおらず、きっと、恐らくはもう二度と俺と一緒に……こんな風に、恋人のように二人きりで外出はしないだろう、とだけは分かっていたのだが。
 無理矢理アイツを連れ出したのも、俺が選んだ服を着せたのも、腕を絡んで歩かせたのも、どれも気紛れだ。そうしたいと思った。けれどこれは突発的な話ではなく、前々からそうしてみたいと望んでいたのだ。この俺が。ク、と喉を鳴らして哂う。馬鹿馬鹿しいとアイツは言うだろう。
(俺もそう思うぜ、雪)
 こんな茶番、馬鹿馬鹿しい。それでもこれは演技で、命令で、仕方がないのだと思わせなければアイツは俺の隣に並ぼうとしない。この俺が隣に立たせてやると思ってやってるのに、アイツは俺の望みを容易く退ける。XだろうがVだろうが誰だろうとアイツは対等の立場に在ろうとしない。これがメイドの領分だからと自らに言い聞かせて、傍観者を気取っている。――それが、俺はどうしようもなく気に食わない。
 アイツを、ここまで引き摺り下ろしてやりたい。俺と同じ感情をアイツも抱けばいい。どうしようもなく相手が欲しくて、自分のモノだけにしたくて、誰かと話しているだけで苛立って仕方がない、どうしようもなく身を焦がすような劣情を。
(――俺を、好きになれよ)
 どうしようもなく馬鹿馬鹿しい願いだ。しかもこの想いはあの女を嘲るものでも、絶望に落として歪む顔を見たい等と言う欲望でもない、純粋な感情だから性質が悪い。他人に、あの女に愛されたい、なんて、愚かにも程がある。復讐を誓いながら他人に恋い焦がれるなんてどうかしている。Dr.フェイカーを殺してやりたい気持ちと、アイツを、雪を俺だけのモノにしたいと願う気持ちを天秤に掛けたら綺麗に釣り合うのだろう。そう考えて、俺はまた嗤った。
「ッ……は、アッハッハッハ!ク、ハ」
 ――嗚呼、本当にどうかしてやがる。馬鹿じゃねぇのか、俺は。殺意に釣り合う愛情なんて、それこそ有り得ないだろ。
 そう言って笑い飛ばしてやりたいのに、どの言葉も音にはならなかった。殺意と同等の愛情。Dr.フェイカーには憎しみしか覚えないが、きっと俺は雪であれば愛を持って殺す事が出来るだろう。殴って弄って犯して殺して、その肉片一つ残さず愛して食らってやれる。同時に、アイツになら殺されてもいいとも思った。俺と同じような感情をアイツが抱いてくれるのなら、俺はこの首をもがれたって構わない。歪んでいるのは自覚済みだ。
 それでもそうしないのは、アイツに好かれたいから仮面を被っている、なんて訳ではなくて。ただ単純に、その頬に、肌に触れて、そっと口付けて抱き締めたい――なんて、もっと馬鹿馬鹿しい感情が俺の中にあるからに他ならない。
 他の誰にもした事のないように慈しんで、その全身へと口付けて、愛していると何度だって囁いて、心も体も俺に捧げて欲しい。童貞のガキみてぇな願いだ。流石に笑うことさえ出来ない、そんな頭の悪い望み。だが、どちらも本心だ。
 ベンチの背凭れに凭れ掛かり、自嘲を零す。すると向こうから缶ジュースを二本持って戻ってくるアイツの姿が見えた。
「Wさん、どうぞ」
 そう言ってアイツはカフェオレを差し出してくる。アイツの手の中にあるのは紅茶だ。まさかこんな場所でまで紅茶を飲まなくても良いだろ、と思ったのが顔に出ていたのか、アイツは俺の隣に腰を下ろしながら口を開く。
「私は紅茶党なので」
「そうかよ」
「えぇ」
 互いに黙って缶の中身を飲む。遠くから遊んでいる子供どもの声が聞こえた。噴水の音に、風が木々を撫でる音。こうして並ぶ俺達を見たら、きっと大抵の奴は恋人同士だと思うのだろう。実際は主と召使いだとしても、屋敷から出ればその事実を知っている奴なんて居やしない。不意に、アイツが言った。
「これが飲み終わったら、帰りましょう」
 きっと飲み物を買いに行った時には決めていたのだろう。はっきりとした口調で告げられた言葉には否定を受け付けない響きがあった。普段の俺ならここで反論や屁理屈の一つでも返すだろうが、その時は自然と答えていた。
「……あぁ、いいぜ」
 俺の言葉にアイツはほんの少しだけ驚いたような顔をして、それから「そうですか」と短く返した。
 無駄に時間を掛けて缶の中身を飲んだりはせず、俺は甘ったるい液体を胃の中に流し込む。空になった缶を渡すとアイツは黙って受け取った。アイツの手の中には未だ飲みかけの紅茶がある。俺はそれを奪うように取って、その中身も飲み干してやった。カフェオレよりもずっと甘ったるい味に思わず眉を顰める。
「やっぱ市販は駄目だな。Vかお前が淹れる方が余程マシだぜ」
「そ、う……ですか。……ありがとうございます、Wさん」
 アイツの瞳が一瞬だけ困惑に揺れる。けれどそれも僅かな間で、直ぐに元のように冷めた表情を浮かべてアイツは義務的に頭を下げた。手の中の缶をまたアイツへと押し付けて、その腕を引いて立ち上がる。
「帰るんだろ」
「……はい」
「行くぞ」
 途中で律儀にゴミ捨てへと空き缶を捨て、両手が空いたアイツの左手を握り締める。今は、これでいい。アイツが俺から離れた間にどんな感情を飲み干していようが俺には関係ない。
(――あの紅茶と同じように、俺が食らってやるよ)
 お前の押し殺した感情を全部救い上げて、俺が飲み干してやる。宣戦布告はしない。正々堂々なんて虫唾が走る。外道だと言うならそう呼べばいい。気付かない間にお前の中の感情を増やして、いつかその想いで窒息させてやるよ。なぁ、雪?
 振り返って、小さく笑う。俺の向けた表情に何を感じ取ったのかは分からないが、アイツはただ冷たい硝子のような眼で俺を見据えた。それでいい。これでいい。そう、今は。

 遠回りもせずに公園を出て、真っ直ぐに屋敷へと帰る。今回だけは紳士のように送り届けてやるけど、二度目はない。無論そんなことは優しく助言してやらず、家についてから手を離した。門を潜ればまた俺とコイツは主と召使いだ。けれどその関係がいつまで続くのか、俺にもコイツにも当然分かりはしなかった。



【飲み干した“恋心”を喰らって】(120527)

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