ZEXAL_dream | ナノ

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「はて……嫌われてしまったのでしょうか」
 W様とV様の出て行った扉を見つめながら呟くと、トロンはとても楽しそうに声を上げて笑った。
「あはは、そうかもね!わぁ、困ったなあ。Wもそろそろ反抗期なのかもね、X」
「……先程は私の弟が無礼を働き申し訳無い。まさか女性に対してWが冷たく当たるとは思ってもみなかったのだが……君にはすまない事をしてしまった」
 冗談めかして言うトロンとは正反対に、X様は此方こそ申し訳なくなる程の態度で頭を下げてくださった。思いもよらぬ行動に私は内心で慌て、首を横に緩く振る。
「いえ、気にしていませんから……どうかお顔を上げて下さいませ、X様」
「そうか……君は優しいんだね、雪」
 X様が優しく微笑む。美形だけあってその笑みはとても眩しく聖母のようにすら思えた、というのは少々大袈裟だとしても、まさかX様がここまで私に対して優しくして下さるとは思っても見なかった。トロンから私の話を初めて聞いた時、わざわざ養成学校まで私の姿を見に来た彼を思い出す。あの時のX様は警戒心バリバリで、まるで野良猫のようだった。否、見た目だけで言うなら室内飼いで血統書付きの毎日高級な餌を食べている猫だと思うが……いや、そうではない。触ろうとすれば引っ掛かれそうな、そう、まさに先程のW様のような雰囲気だったというのに。
「……X様は、私を警戒なさらないんですか?」
 純粋な興味として尋ねてみると、X様は少しだけ目を丸くして、それから何処か困ったように幽かに笑った。
「君と初めて出会った頃は、色々と疑心暗鬼に駆られていたからね。今は君が……雪が私達にとって敵ではなく、大切な砦だと思っているよ」
「おや、それはまた随分とご期待されているようですね。期待に応えられるよう一層頑張らなくてはなりません」
「そうしてくれると私としても助かる」
 これはまた随分と買い被られたものだ。小さく肩を竦めてみせると、X様は柔らかく双眸を細めてそう言った。その表情には悪意を見出せない。ちらり、とトロンへ視線を向けると彼は彼でまた何を考えているのか分からないような笑みを湛えていた。楽しいのか、それとも微笑ましいのか。……案外後者、なのかもしれない。出会った頃から未だに彼の考えも真意も何も分からないけれど、何となくそう思った。
「Xは雪と仲良くしてあげてよ。広い屋敷で一人ぼっちは寂しいもんね、雪」
「お気遣いありがとうございます、トロン」
「分かりました。Wにも言い含めておきます」
 トロンの言葉にそれぞれ返答する。トロンは私達の言葉を聞くと満足そうに頷いて、「それじゃあ僕は部屋に戻るよ」と言うとさっさと自室へ帰ってしまった。恐らく私に買ってこさせたカトゥーン・アニメの映像データでも鑑賞するのだろう。まさかその後ろ姿を黙って見送る訳にも行かず、その後に着いて行く。X様は特に何も言わず、ソファへとまた腰掛けていた。
「X様。トロンに紅茶とケーキを御出ししましたら、X様に紅茶をお持ち致します。宜しいですか?」
「ああ、それで構わない」
「畏まりました」
 部屋を出る前に振り返り尋ねると、本から顔を上げてX様がそう答えて下さった。私はまた恭しくお辞儀を一つし、了承の意を述べ部屋を出る。X様が少しだけ、微笑んだような気がした。



 X様に告げた通り、トロンに紅茶とケーキを運んでから彼の下へと淹れたての紅茶を持っていく。白いカップに紅茶を注ぐと、独特の香りが鼻孔を擽った。X様は読んでいた本を閉じカップを手に取る。その一つ一つの動作がとても優雅で気品が漂っていた。高貴とはこういうことか、と一人で納得する。
「雪」
「はい、X様」
「君は紅茶を飲まないのか」
 カップに口を付けず、X様が尋ねる。その言葉に緩やかに首を横に振って私は答えた。
「一介の使用人が主と共に紅茶を飲むなど、そのような非礼は出来ません」
「成る程……君は使用人としての教育を受けていたのだったね。だが、私の前では構わない。一人で紅茶を飲むのも寂しいだろう?」
 カップをもう一つ持ってきなさい。そう言ってX様は微笑む。その時の私はX様の真意が分からず困惑してしまった。恐らくは純粋な優しさなのだろう。けれど私には彼に優しくして貰う謂れはない。そもそも使用人と紅茶を飲みたがる主など早々居ないものではないのだろうか。そう考えて、直ぐにここが普通の屋敷ではないと思い出した。私の雇い主であるトロン自身、私に共に紅茶を飲みケーキを食べるように要求してくるのだから彼の家族が同じような主張をしてもおかしくはないのかもしれない。
 私は少しだけ躊躇ったものの、これも主の命だと思い直し彼に言われた通りもう一組カップを持ってくる。同じように紅茶を満たすと、今度はX様が自分の隣を示した。
「立ったまま紅茶を飲むのは高貴とは言えない。此処に座って飲みなさい」
「……はい、X様。お心遣いありがとうございます」
 こうなるだろう、とは薄々気づいていた。まさかいきなり彼の目の前にもう一つソファが出現する訳もないのだから当然と言えば当然だろう。しかし主の横に座って紅茶を飲むメイドとは如何なものか。そんな内心の葛藤などX様は知る由もなく、至って平然と紅茶を啜っていた。
 内心で溜息を吐き、言われるままに隣へと腰を下ろす。彼と同じように紅茶へ口付けると、X様はまた優しい目で此方を見ていた。
「もしWの世話が辛いようなら遠慮せず私に言いなさい。君は私にとっても大切な使用人なのだから」
「……ありがとうございます、X様」
 もしかしたら、X様はX様なりに先程のW様の対応を気にしていたのかもしれない。だからこそこうして隣に座らせ、一緒に紅茶をと誘ってくれたのだろう。改めて彼はとても優しい人なのだと理解する。感謝の気持ちを表すようにほんの少しだけ微笑んで答えると、X様は満足そうに目を細めたのだった。



【やさしいひと】(120526)

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