ZEXAL_dream | ナノ

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 ――人形だ、と思った。……否、正しく言うのならば機械人形――ヒューマノイド、更に厳密言えばガイノイドだ、と思ったのだ。
 誰の話か?そんなものは当然決まっている。この家にやってきた忌々しいメイドだ。トロンの連れてきた新しい召使いの女。硝子玉のように無機質で冷たい、何もかも見透かしたようなセピア色の瞳は刳り貫いてしまいたい位に美しく、ドールに劣らず整った顔にしなやかな体躯はどう見たって人間の女の其れではなかった。
 アレが人間である筈がない。屋敷の中で見かける掃除ロボット――街中にあるような小煩いものではなく、無機質で何の言葉も発さないただの機械だ――と同じ機械で造られた玩具、もとい召使い用の女性型の機械人形なのだ、と。俺は其れを見た瞬間にそう思い、そうであるのだと決めつけた。そう、決めつけたのだ。目の前の其れは俺達とは異なる、壊しても替えの利く人外だと。理由など俺自身にさえ分かりはしない。ただ、そう思ったから。思ってしまったから。それ以上の答えはないし、必要もないだろう。その時俺は、女が――雪が人ではないと思っていた。ただその一点だけが確固たる事実なのだから。



「本日からお仕えさせて頂く雪と申します。宜しくお願い致します、X様、W様、V様」
 シンプルで機能性を重視した、所謂メイド服と呼ばれる衣服に身を包んだ女は、感情のない涼やかな声で淡々と俺達にそう告げて優雅な仕草でお辞儀をする。無駄のない動きは、やはり人のモノとは思えなかった。女の隣に立つトロンは何処か楽しそうに笑っている。
「ま、そういう訳だからさあ。何かあれば雪に言ってよ」
 何が“そういう訳”なのかさっぱり分からない。が、聞いた所で答えは返って来ないだろう。今日からこの女が俺達の身の回りの世話をする。それだけ把握すれば問題ない。兄貴は興味がないのか、それとも俺達より先にトロンから話を聞いていたのか特に何も反応せずいつものようにソファへ腰掛け紅茶を啜っている。代わりにVが口を開いた。
「あの、……その、彼女は一体どのような事をするんでしょうか?トロン」
「何でもするよ。雪は僕達――トロン一家の召使いだからね。料理に洗濯、掃除。その他雑用でも何でも、さ」
 「ねぇ、雪」とトロンが言えば、女は恭しく再びお辞儀をして答えた。
「全てはトロンの意の侭に。私はトロン一家のメイドです。無論雇い主であるトロンの命を第一優先とさせて頂きますが、V様も私の主です。どのようなご命令でも完遂致します。どうぞ、何なりとお申し付け下さい」
 にこり、とも笑わず女はVを真っ直ぐに見つめる。硝子のような眼。Vはその言葉に納得したのか、それともそれ以上何か言える事も無かったのか「分かりました」と答えた。
「それでは、これから宜しくお願いします」
「はい、V様。W様もX様も、何かありましたらどのような事でもお申し付け下さい」
「あぁ、分かった」
「……」
 “極東エリアチャンピオン”としての俺であれば、ここで笑顔の一つでも浮かべて宜しくお願いします、などと馬鹿丁寧に挨拶したのだろう。だが此処は俺の家で、この女は俺のファンでも無ければサービスしてやる義理も無い。そして何より、気に食わない。何が、と言われれば答えに詰まるのだが、それでも何かが気に食わなかった。だから視線だけで一瞥をくれて、俺は女の横を通り過ぎた。
「W兄様!何処に行かれるんですか」
「ファンサービスに決まってんだろ」
 後ろから聞こえるVの声にそう答える。それ以上Vは何も言わなかった。Xもトロンも何も言わないのなら俺が此処に留まる必要は皆無だ。振り返らずに扉を閉める。その直前に後方から、あの冷めた、色のみえない声が聴こえた。
「行ってらっしゃいませ、W様」
 その声に俺はギリ、と思い切り唇を噛み締めた。

「……兄様は、雪さんが嫌いなんですか?」
 誰に言われたのか、はたまた自分から申し出たのか、あの後俺を追いかけてきたVは少し後ろを歩きながらそう問い掛けてきた。この場にはトロンもXも居ない。だから俺は素直に答えてやる。
「ああ、気に食わねぇな」
「どうして、ですか。トロンが連れてきたからには、ちゃんとした方だと思いますけど」
 Vの言葉につい舌打ちが零れる。
「そりゃそうだろうよ。あの兄貴が黙ってるんだ。あの女の何かしらがトロンの計画に必要なんだろ」
 そんな事、考えなくても分かる。あのトロンがメイドとして連れてきた女だ。間違いなく有能で相応の教養があるに違いない。尚且つトロンの思惑に一枚噛んでいない、とは誰も思わないだろう。だが、だから何だというのか。不機嫌を隠す事無く声に乗せて返すも、Vも引こうとはしなかった。
「なら、もう少し……あんな、無視をするような態度を取らなくても、いいじゃありませんか。これから一緒に暮らしていくのなら、あまりキツイ態度は……。それに、W兄様らしくありません。普段ならどのような方でも、屋敷の中であれあんなに冷たい対応はしないです」
「だから言っただろ。気に食わねぇんだよ、あの女。腹ン中じゃ何考えてんのか分かりゃしねぇ」
 言い含めるような言い方が癪に障り、余計に言葉に棘が出る。けれど確かにVの言う事ももっともなんだろう。メイドという身分であれば形はどうあれあの屋敷に住む筈だ。これから頻繁に顔を合わせるなら表面上だけでも友好的に接していた方が面倒がない。それに、いつかは化けの皮が剥がれるとしても普段なら“素のオレ”として初めから他人と接しよう等とは思いもしない。より相手が絶望的な顔を見せてくれるような局面であれば話は別だが、初対面の女に冷たくする理由はなかった。
 それでも俺はあの女の顔を見た瞬間、気に食わないと思った。笑顔なんて浮かべてやりたくもない。近寄りたくも、近付けさせたくもないと、そうハッキリと思ったのだ。他人を嫌うのに理由なんて必要ない。ただ、嫌だった。
 あの人形のように澄ました顔が。感情の読めない硝子のような瞳が。あの女を形容するありとあらゆるものが全て気に入らなかった。
 俺の返答にVは少しだけ驚いたような顔をして、それからすぐに黙り込む。このお優しい弟はどうやらあの女に対して大なり小なり好意を持ったらしい。あの女の何処にそんな好意を抱く要素があったのかは俺には理解も出来ない。だが、トロンが連れてきた、という一点だけでVにとっては信用に足ると判断する材料になり得るのだろう。
「V。別にお前があの女と仲良くしようが、俺はどうでも良い。けど、俺はあの女と慣れ合う気はねぇんだよ」
「……はい、分かりました。W兄様」
 俺の言葉にVが頷く。ここまで言えば兄想いのコイツはあの女を意図的には俺に近付けようとはしないだろう。これ以上この話は終わりだ。少し先、暗い路地の中に人影が見えるとVは黙った。俺は代わりににこやかな笑みを作る。
「さぁ、ファンサービスの時間だ」
 次の瞬間には楽しい時間が幕を開ける。そうすればこの訳の分からない感情も消えるだろう。一瞬だけちらついたあのセピア色の瞳を掻き消すように俺は殊更深く笑みを刻んで、俺を待つファンへと声を掛けた。
「――こんにちは、」



【芽生えた感情の名は】(120524)

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