ZEXAL_dream | ナノ

 不可能なオールイン

 公園の中を暫く歩き、何となく噴水前のベンチへ座る事になった。相変わらず腕は絡ませたままで、あまりにも近すぎる距離に戸惑いが消せない。まるで恋人のような距離感だ。けれど生じる戸惑いはその近過ぎる体と体の距離感よりも、心の距離感への方が大きかった。
 ベンチに座ったままW様は何も言わない。私も、何も言わない。それでも繋いだ手も絡んだ腕も離されはせず、W様が何を考えているのか全く分からなかった。
 演技とはいえ、この距離は何か違う。それともW様にとって女性との距離感と言うのは元々これ位で、普段ファンである女性達と過ごす時はこうしているのだろうか。――一瞬湧き上がりそうになった感情を、心の中で捻じ伏せる。
(馬鹿馬鹿しい)
 彼が私の知らない所で誰と何をしていたって私には関係ない。それが彼の生命に関わるようなものであれば別だが、いつ何処で誰を抱こうが、ファンサービスをしようが、何一つ私には関わりのない話だ。私と彼はメイドと主で、それ以上でも以下でもない。
 そう理解しているのに心の奥でさざ波が立つのは、きっと今の私がメイドではなく、彼が主ではないからだろう。今の私はただの、重病人と言う適当な設定で演技をしている、可愛い服で着飾った女で、今の彼はただの、世間一般に知られたWという紳士の仮面を被った少年だ。いつもと違うのは服装と互いの呼び方だけなのに、まるで別の世界に居るような気さえしてしまう。

 もし私が、普通の少女だったなら。力も何も持たない、デュエルの出来る、ごく普通の何処にでもいる少女だったなら。
 もし彼が、普通の少年だったなら。復讐も憎しみもない、裕福な家庭で育ったデュエルの強いただの少年だったなら。

 有り得ない空想。もしパラレルワールドというものが存在するのならそんな世界の私達がいるのかもしれない。けれど今この場に居る私達は、互いに復讐を誓い、ただ傍にあり続けるだけの存在で、そこに甘い言葉も密やかな関係も存在はしない。
 いつもと違う服装で、違う呼び方をして、恋人のような距離で、手と手を繋いだだけ。たったそれだけの非日常に心を乱されそうになる自分があまりにも馬鹿馬鹿しくて、愚かで仕方がない。W様の気まぐれでしかないのに、それ以上の何かを望んでしまいそうになる“少女”としての馬鹿な私。
(……本当に、馬鹿馬鹿しい)
 繋いだ手を離し、絡ませた腕を解く。するりと抜けた手に安堵と同時に覚えた寂寥感に、私は気付かれないよう眉を顰めた。
「飲み物を、買ってきます」
 離れた手に文句を言いたそうなW様が口を開く前にそう告げて、私はさっさと自動販売機へ向かった。確か二人で歩いていた時、此方の方で見かけたような気がする。記憶を手繰り寄せながら歩を進め、暫くすると記憶通り自動販売機へと辿り着いた。そこで漸く私は足を止め、振り返る。当然のように其処には追いかけてくる人影もなくて、私はそっと胸を撫で下ろした。再び胸の奥に芽生えた“さみしい”という感情は飲み下して。
 販売機の前でW様の好みを思い出すフリをして、私は今日一日を思い返す。

 なまえをしりたい、と思った私。
 生身の手で触れた熱を嬉しい、と感じた私。
 赤くなった頬を見られたくない、気付かれないで欲しい、と願った私。

 その全ての感情を、全ての私を、心の中で殺していく。そんな私は、私には必要ない。年頃の少女のように些細な事で心を揺らすような弱い私は要らないのだ。弱さは私を駄目にする。護るべきものも護れないくらいなら死んだ方がマシだ。
 それに。――そう、それに。機械の手足に、血で汚れた手を持つ私などが彼を願うなど、愚かにも程があるだろう。私では彼に釣り合わない。そもそも釣り合う・釣り合わないと考えてしまう自分に嫌気が差すけれど、それでも私には彼を望む資格はないのだから。ならば最初から欲することを止めればいい。欲しいと願い、望むから弱くなる。手に入らないと思い知らされて傷付くくらいなら、傷つくことを恐れてしまうくらいなら、望んではいけない。
 私は賭けるチップさえ持っていないのだ。全部失ったこの手に残されたものは、何もない。
 頬を、冷たい滴が一筋伝う。そっと袖で拭って、心の中に積もる感情を箱の中に押し込めて鍵を掛ける。奥底に沈めた感情から視線を逸らして、私は飲み物を二つ買った。
 大丈夫。次に彼の顔を見た時には、普段通りの私に戻る筈だ。切り離された“  ”という名の感情が胸の内を叩くのを無視して、私は彼の下へ戻った。



【チップの在り処には未だ気付かず、】(120520)

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