ZEXAL_dream | ナノ

 ラッキーチャンス

 私の要望を受けてか、それとも最初から決めていたのか、私は今公園に連れて来られていた。公園、と言うには随分と遊具が少ない気もするけれど近代的過ぎる街中よりは遥かにマシだ。公園の外周を埋める木々に、緑の芝生。噴水からは綺麗な水が溢れており、小さく虹がかかっていた。見た目を意識して植えられた花々は暖かい陽気を受けて咲き誇っており、とても可愛らしい。
「深窓の令嬢、もとい窓の外から空に焦がれてる重病人には丁度良いだろ」
「えぇ、そうですね。……屋敷の庭の方が美しいですが、こういう場所も嫌いではありません」
 私の適当な設定を覚えていたらしい。てっきり聞き流されたと思ったのだが、やはり彼のこういう所は律儀だと思う。相変わらず手を繋いだまま、私達は緩やかな足取りで園内を歩く。あまり花の名前には詳しくないので咲いている花々の名前は分からないが、きっと一つ一つの花に名前があって、由来や歴史があるのだろう。――雑草という名前の草は存在しない。そんな内容の本を読んだことを思い出す。
「よく来られるんですか」
「あ?……別に。こんな場所に連れてきて喜ぶような女なんてそう居ねぇだろ」
「成る程。ですが、紳士のWさんに連れてきて頂けるのならどのような場所でも女性は喜ぶと思いますけれど」
 私がそう言うと彼は足を止めてしまった。何か妙な事を言っただろうか。今のは間違いなく事実であり、彼のファンであるという女性なら恐らくはどのような場所でも――それがどれだけ一般的にナンセンスな場所だとしても、受け入れてしまうだろう。恋は盲目である。
「……?どうされました、Wさん」
 急に立ち止まった彼に合せるよう私も足を止めて振り返る。すると彼は、とても苦々しい表情を浮かべていた。頬の傷と相まって恐ろしく凶悪な形相になっている。あ、
「かわいい」
「あぁ!?」
 瞬間的にそう思った――つもりだったが、どうやら声に出てしまったらしい。馬鹿にされていると思ったのか、一層彼の表情は険しくなった。私とした事がついうっかり本音を漏らしてしまうなど、今日はやはりどうかしている。さて、どう取り繕ったものか。
「……いえ。Wさんが今にも人を殺せそうな恐ろしい形相をなさっていたので場を和ませようかと」
「どんな気遣いだ、テメェ」
「それで、どうかなさいましたか?」
 喉が渇いたなら何か買ってきますが。そう続けようとするも、言葉はW様によって遮られてしまった。
「さっきのは」
「はい?」
「……さっきのは、嫌味か」
 さっき?それはいつの話だ。子供でもあるまいし主語と述語を正しく使って言葉を話せ。いやこの男はまだ子供だった。なら仕方ない。
 と、一通り自分を納得させてから改めて考え直す。彼の指す先程とはいつの事だろう。ふむ、と口元に手を当てて暫し悩むもののこれと言って心当たりがない。そもそも嫌味のつもりで口にした言葉なら私が覚えていて当然なので、該当する内容が浮かばない今回に置いては私は間違いなく意図的に彼を馬鹿にしたり嘲るような事を口にしていないと断言できる。
「申し訳ありません。生憎、思い当たる節がありません」
 誤解を与えないように注意を払い素直に答える。W様は暫くの間訝しげに私を見ていたが、理解したのかそれ以上の追及を諦めたのかチッと舌打ちをしてまた歩き出した。ぐい、と腕を引かれて私も歩き始める。先程までは並んで歩いていたのに、今はW様が私を先導するような形だ。足取りも早く、慣れない靴と足元の柔らかさに足が絡まりそうになる。
「……、……」
 懸命に体制を整えようと心見るも、息一つ乱さぬよう――彼に焦りがバレないように行動するのは難しかった。今、振り向かれたら困る。上手く歩けなくて慌てている姿など見られようものなら一生馬鹿にされ続けるだろう。いや、それよりも私のプライドが許さない。こんな、普通の少女のような姿、絶対に見られたくない。理由?そんなの当然、恥ずかしいからだ。
「っ、……W、さんっ」
 なんとか彼の足を止めようと、思い切り腕を引っ張る。とはいえ生身の左手じゃ出せる力も違っていて、彼を完全に静止させるのは不可能だった。焦りで呼ぶ声が僅かに乱れる。ああ、くそ。舌打ちしたい気持ちを飲み込んで――刹那。私の声で立ち止まった彼の背中にぶつかった。まさかいきなり立ち止まるとは思っておらず、転びそうになる体を支えるように近くにあった物にしがみ付く。
 思い切り抱き付いたそれがなんなのか気付いた時にはもう遅かった。ぎり、と奥歯を歯噛みしてせめて顔を見られないようにと俯く。一生の不覚だ。このまま舌を噛み切って死にたい。屈辱にも程がある。こんなにも動きにくい靴を贈った男と、こんな歩き難い場所に連れてきた男と、それに加え人の服装も無視してずんずんと歩いていった男を力の限り殴りたい。
「……」
「……」
「すみません、咽び泣かせても良いですか、W様」
「どうしてそうなりやがる」
「……生憎と、履きなれない靴に不安定な足場でしたので。申し訳ありません」
 どうやら声色から察するに怒ってはいないらしい。馬鹿にしていないのが気になる所だが、今はまだ顔を上げたくない。俯いたまま謝罪を口にし、支え代わりにぎゅっと抱き締めていた彼の腕を離す……つもりだったのだが、彼が握った手を離してくれない。
「W様、このままでは体制が立て直せないのですが……」
「そのまま歩け」
「……は?」
 どういうプレイだ。歩きにくいにも程があるし、そもそも体勢を立て直さないとどの道歩けないのだが。困惑したまま彼の言葉を聞く。
「口だけの謝罪なんざ要らねぇんだよ。主人を杖代わりにしやがった事、詫びるなら体で示せ」
 そう言って彼は手を離す。それからまた、私に向かって腕を差し出した。……要するに、これはつまり。
「……腕を絡めて歩け、と?」
「言葉で言われなけりゃ分からねぇ程テメェの頭は空っぽじゃねぇんだろ?なぁ、雪」
 随分と愉しそうな声だ。……まったく、この我儘お坊ちゃまの思考にはついていけない。溜息を吐き、体勢を立て直してから私は改めて彼の片腕を両腕で抱き締める。どう考えても歩きずらいのだが、どうやらW様は満足したらしい。
「おい、行くぞ」
「出来るだけゆっくりと、足場を選んで歩いて下さいね」
「考えておいてやるよ」
 そう言って彼は片方の口角だけを上げて笑った。その顔を見る頃には大分頬の赤身も引いていて、とにかく彼にあの顔を見られなくて済んだことにだけ私は深く安堵を覚えたのだった。



【耳が赤いんだよ、馬鹿】(120518)

prev / next


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -