ZEXAL_dream | ナノ

 トリガーを引いて

 緩やかな足取り。普段より半テンポは遅く、歩みを進める。彼は律儀にも、というか、単に意図が掴めないのか私に歩調を合わせてくれていた。
「おい」
「……?はい、Wさん」
「何だ、その演技」
 心底嫌そうに歪んだ表情に私は内心で哂いながら、表面では不思議そうな表情を浮かべて小首を傾げて見せる。なるべく女の子らしく、出来るならか弱く大人しい少女に見えるように、と気を遣ってみたのだがどうだろうか。
「変装しているとは言え、そう長くは持たないでしょう。ですから万が一貴方がWとバレた時に、と思い病弱そうな少女をイメージしてみました。如何でしょう」
「吐き気を催す程度には上々だな」
「ありがとうございます。……病弱な少女と、休日にわざわざ変装して外に連れ出してあげるW。しかも少女は余命幾許もなく、自身のファンであると知ったWは両親に頼まれ快く一日限りの恋人を演じてくれることに……」
「それが筋書か?くだらねぇ」
 ハッ、と鼻で笑い飛ばしながらも彼は私の演技に合せるよう、自ら距離を縮める。自分でも馬鹿馬鹿しいと笑ってしまう程ありきたりでつまらない話だが、きっと世間一般で知られている彼のイメージならば容易く受け入れられるのだろう。こんな白々しい嘘に踊らされる民衆。けれど、無理もないのだろう。私は顔を上げ、モニターを見る。そこいら中に映る、胡散臭い男の顔。誰もがあの笑顔に騙されている、この街では、仕方のないことだ。
「……おい、どうした」
「いえ。この街には何処を見てもMr.ハートランドの顔があるのだな、と思いまして」
 私の言葉に、彼も視線を空へ向ける。道化のように笑う男の顔を見て、W様はク、と喉を鳴らした。
「笑っちまうよなぁ。あんなのがこの街のシンボルだなんてよぉ」
「えぇ。――あれが本物でしたら、あの額を打ち抜いて差し上げるのに」
 するり、と漏れた本音に彼はほんの少し目を見開いて、それからそれはそれは嬉しそうに笑った。
「俺はテメェのそういう所、好きだよ」
「それはそれは、光栄です」
 歪んだ笑み。呼応するように笑う私も歪んでいると知っているけれど、それでも構わないと思う。ああ、それにしてもあの立体映像は何度見ても気分が悪い。太腿のホルダーから護身用の銃を引き抜き、映写機に向かって弾丸を撃ち込む。ぼん、と大きな音がして呆気なく機械が壊れた。頭上に浮かぶ薄気味悪い笑みも消える。よし、と小さく呟いて銃をしまう。
「さて、所で何処に行きましょうか。まさかハートランド、等の趣味の悪い事は言い出さないで下さいね」
 そう言って彼の顔を見ると、口元が笑みの形のままひくついていた。おや、これは予想外の反応だ。
「どうなさいました?Wさん」
「……おい」
「はい、何でしょう。……ああ、監視カメラの位置でしたら把握した上ですのでご心配なく。無論目撃者も居ませんよ」
「いやそういう話じゃねぇ」
「はぁ」
 では、どういう事だろう。半分衝動的だったとは言え、これでも私はトロン一家のメイドだ。目撃者も居れば既に撃っている。……と、そうか。街中で発砲したのがマズかったのだろうか。けれど不快だったし、今日の私はメイドとしてではなくただの人間として此処に居るのだから少しくらい開放的でもいいのではないか。いや倫理的には全く良くはないが。
「どうして、持って来てやがる」
 そう言って彼は、私の太腿の辺りを指差す。直接触らなかったのは恐らく人目があるからだろう。
「それは、当然でしょう。世の中何があるか分かりません。いくら一般人を装っての外出とはいえ、目の前で主を危険に晒す馬鹿は居ないでしょう」
 淡々と理由を述べると、W様は額に軽く手を当てて溜息を吐く。一体なんだというのだ、この男は。
「……もう良い。ほら、行くぞ」
 何かを諦めたようにそう言うと、彼がぐいと私の左腕を引っ張る。さっきまで繋いでいたのは右手なのに。
(……確信犯、でもないのか)
 布越しに伝わる手の感触に私はそっと苦笑を逃がす。慣れていないことは止めて欲しい。こんな時にどんな表情を作ればいいのか、私は知らないのだから。



【さぁ、デートを始めましょう】(120518)

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