ZEXAL_dream | ナノ

 デートに行こう

 白い雲、青い空。天気はまさに快晴で、お出かけ日和だ。――多分世間一般的には、だけど。
 どうしてこんなにも天気のいい日にわざわざ私は外に、しかも街中に居るのだろう。ちょっと意味が分からない。理解出来ない。
「……有り得ない」
 軽い頭痛を覚え額に手を当てる。視線を下にずらせば目に映るのは着慣れた機能性の高いメイド服、ではなく実に可愛らしい女物のワンピースだった。きなり色、というらしい白っぽいような黄色見の掛かった、細かい刺繍の施されたそれなりに値の張りそうな服は今朝手渡されたものだ。サイズがピッタリだったことに疑問を覚えたものの、目の前の男にはよくあることに違いない。そう思い、それ以上深く考えるのは止めた。羽織る上着も、被る帽子も、靴に至るまで全てが愛らしい。まさに女の子が着る服!といった感じで、正直違和感しか覚えない。
(……有り得ない)
 もう一度、今度は心の中で呟く。こういう可愛らしい格好に憧れない訳ではないが、ふわふわの洋服と言うのはV様のように可愛らしい子が着るべきだと思う。……いや、V様はともかくとして。とにかく、あの――歩道を歩いているカップルの女の子のように可愛い子が着るものだ。翠の髪にスレンダーな体。何処からどう見ても女の子、と主張している滲み出る程の愛らしさ。それに比べて私はどうだ。ヒールが高めの靴を履いたせいで目の前の男と変わらない位の身長じゃないか、と思い、それから首を傾げる。この男、もう少し小さくなかったか?と。
 確か屋敷の中で会う限り、私は彼よりも頭半分ほど身長が高かった筈だ。それなのに同じ位?何かが可笑しい。
「すみません、……あの」
「はい?なんでしょう、雪さん」
 にこり、と人好きのする柔らかい笑みを浮かべて彼は振り返る。思わずその顔面に一発拳を食らわせたくなるのを我慢した。ここは街中だ。落ち着け私。そっと深呼吸をして自分を落ち着かせた後、私は疑問を口にする。
「シークレットブーツですか?」
「………テメェに合わせてやってんだよ。感謝しろ、デカ女」
 私の言葉に彼は地を這うような低い声で言い捨てた。勿論表情は先程の笑みのままだ。流石演技力が高いだけはあるな、と思った。
 今私の目の前にいる彼はW様だ。というか他にこれだけ落差のある反応が出来る人も居ないだろう。今日の彼は一日休みだそうで、何を思ったのか「出掛けるぞ」と朝っぱらから私の部屋に押し掛けて無理矢理この衣服を押し付けてきたのだった。面倒なので断ろうと思ったのだが、「命令だ」と言われてしまった上話を聞いたトロンが面白半分に「じゃあ僕からも命令だよ、雪」などと言い出したので仕方なく外出する事になったのだ。
 ちなみにW様も普段の兄弟お揃いの衣装ではなく、もっとラフな服装をしている。一応眼鏡を掛け、髪型を変えているので変装しているつもりらしい。黒い中折れ帽は、まぁまぁ似合っている。但し好青年と言うよりは不良、というかチャラめのお兄さんというか。……私の少ない知識で言うなら、所謂お兄さん系、という服だと思う。全くもって似合わない、と言えない辺り流石だと思う。どんな服でも着こなすんじゃないだろうか、この男。
「私が大きいのではなく、貴方が年齢にしては小さい方なのでは無いかと」
「このッ……!」
「所で、……あの」
「あ?」
「……私は貴方を何とお呼びすれば良いのでしょうか」
 出掛ける時に、絶対にW様と呼ぶなと念を押されてしまった為私は彼を何と呼べばいいのか分からなかった。W様は雪さん、と呼ぶ事に決めたらしい。普段は名前など滅多に呼ばない癖に、キャラ付けのためならなんでもするのかこの男。と、そうではなかった。
 まぁ、彼の言いたい事は分かる。一応恋人や友人のように装っているのだから様付けは変だろう。……ファン避けにしてはW、という名前がネックすぎると思うのだが。
 私の問い掛けにW様は軽く目を瞬き、「W」と短く言った。
「……すみません、もう一度お願いします」
「W」
「何を仰ってるか分かりません。もう一度お願いします」
「ッ……だから、Wだって言ってんだろ!」
「申し訳ありません、私に通じる言語でお願いします」
「テメェの耳は節穴か!?あぁ!?」
 思い切り襟首を掴まれる――ことはなく、W様の手が私の肩に食い込む。ああ、やはり一応衆目は気にしているのか。傍からは帽子で顔が良く見えない分、もしかしたら恋人同士がじゃれあっているようにでも見えるのかもしれない。だが私には周りの目等興味なかった。
「街中で切れるのはお止め下さい。ヤンキーですか、貴方は」
「その対応がムカツクんだよ!……そんなに名前で呼ぶのが嫌なのかよ」
 吐き捨てるように言われた言葉には、何処か寂しさが滲んでいるように聞こえた。もしかしたら彼なりに拒絶されたことがショックなのかもしれない。ここで追い打ちをかけるのも可能だが、あまり虐めすぎても可哀想だろう。特に今の私はメイドではなくて、彼は私の主ではないのだから。
「嫌、というか……単純に慣れません。逆にお聞きしますが、貴方はいきなり私をちゃん付けで呼べ、と言われて抵抗なく呼べますか?」
 出来る限り素直に返答する。が、ここで呼べると即答されたら私はどうしよう。否、どうしようもこうしようもなく間違いなく踵を返して屋敷に帰るだけだが。しかしW様は実に素直に答えた。
「呼べるか、ふざけんな」
「そうですね。貴方のその聡明さは嫌いではありません。……けれど、まぁ、折角の機会ですし……」
 このまま“貴方”と呼び続けるのも素っ気ないし、相手を個体として認識していないような気分にさせられる。少しだけ考えて、私は尋ねた。
「間を取って、Wさん、でも構いませんか」
「……好きにしろ」
「では、Wさん、と」
 Wさん。その呼び名を舌の上で転がす。湧き上がる感情を上手く単語として表せず、私は少しだけ困惑した。Wさん。近くなったような、遠くなったような、複雑な呼び方だ。ファンの人々は皆彼をそう呼ぶ。だから、誰もが呼べる気軽な、量産された呼び方だ。けれどWと呼ぶには私と彼の距離は縮んで居らず、家族や彼の仇にだけ許されたその特別な呼び方を私が口にすることは出来ない。
(せめて、)
 ――なまえを、よべたら。
 そう考えて、すぐに頭を振って打ち消す。ああなんて馬鹿馬鹿しい。私如きにそのような大切なものを与えられる筈がないというのに。
「どうした」
「いえ、何も。……では行きましょうか、Wさん」
 私は彼の手を取る。こんなものは一夜の幻だ。正しく言うなら、一日限りのお遊び。それならば今日くらいは付き合ってあげよう。誰の為でも無く、私の為に。そう、私自身の為に。



【同じくらいの目線に立って、】(120516)

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