ZEXAL_dream | ナノ

 嫌いな人

 雪さんは、Mr.ハートランドが嫌いだ。X兄様やトロンは知っているかもしれない。でもきっと、W兄様は知らないこと。
 僕と彼女はよく一緒に買い物に出かける。それはトロンに頼まれたお菓子を買いに行く時だったり、食事の買い出しだったり、僕や兄様達の欲しい物を買いに行く時だったり様々だ。

 二人きりで買い物に出掛ける。トロンもX兄様もW兄様もいない、誰にも邪魔されない僕と雪さんだけの空間。僕はその時間が大好きだった。時々雪さんが人混みの中ではぐれないように、と小さな子供にするように僕の手を握ってくれるのがいつも恥ずかしくて嬉しくて。僕はもう15歳になるのに、なんて思いながら、姉弟のような仕草を幸せだと思った。
 僕の、姉様。本当は違うし、血が繋がっていないという事も、彼女は僕達のメイドでありボディーガードで、仕事として傍に居てくれるのだと知っているけれど。それでも雪さんの優しさも、僕達に注いでくれる愛情も本物だと思う。
「V様、手を離さないで下さいね」
「はい、雪さん」
 雪さんが優しく微笑む。慈しむような、愛おしいものを見るような柔らかい瞳を見ていると、何だか僕まで釣られて笑ってしまうのだ。
 けれど、この幸せな時間をぶち壊す存在が居る。それが、Mr.ハートランドだ。街中の至る所でスクリーンへ映される彼の姿を見る度に、雪さんの周りの温度が少しだけ冷たくなる。彼を見る度に雪さんは嗤った。普段誰にも見せないような、屋敷の中では見たことのない――酷薄な笑み。木漏れ日のように優しく温かい眼差しは氷のように冷たくて、其れを見る度に僕はあのスクリーンを壊してしまいたい、と思った。
 街中からあの姿が消えたら、雪さんはずっと優しいままでいてくれるんだろうか。もしそうであるなら、僕は全てを壊し尽くす。紋章の力を使ったって良い。雪さんからあの日向のような笑みを奪うあの男が、僕も大嫌いだった。
「雪さん」
 繋いだ手を軽く引いて呼び掛ける。すると雪さんはそれまで浮かべていた褪めた笑みを消して、また僕の為だけに微笑んでくれた。
「何でしょう、V様」
 雪さんが口にする僕の名前はとても柔らかい。弟を呼ぶ姉の声はきっとこのようなものなのだろう。僕はいつも彼女に名前を呼ばれるとそれだけで嬉しくて、とても幸せな気分になれる。だから僕も同じように微笑んで言った。
「離れないで、下さいね」
 僕から。トロンから。兄様から。僕達家族から、離れないで。ずっと傍に、居て下さい。
「……はい、V様」
 僕の想いが伝わったのかどうかは分からない。それでも僕は、雪さんが頷いてくれただけで十分だと思った。
 大好きな、僕の心の姉様。貴女が笑ってくれる為なら、僕が、僕達が貴女の代わりに全てを終わらせます。だから、どうか。貴女だけは復讐になんて囚われないで、その手を赤く汚す事のないように。体も、心も、僕達から離れないで、此処にいて下さい。
「大好きです、雪さん」
 繋いだ手に力を籠める。柔らかな熱を感じながら、僕はもう一度微笑んだ。



【その綺麗な瞳を奪うなんて、許さない】(120515)

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