ZEXAL_dream | ナノ

 5/13(X)

 昼。トロンに「たまには外の空気でも吸ってきなよ」と言われ、トロンの言葉ならと外に出た。しかし無論外でやるべき事など有る筈もなく、折角出掛けるのだからと出掛けに雪へ買い物はあるかと尋ねてみた。すると雪は大層驚いた顔をしながら、トロンの命で外に出るのだと答えると少し困った様子ながらメモを渡してくれた――ので、そのメモを見ながら買い物を進める。
 普段行わない行為というのはある種新鮮なもので、私が出掛けている間少しでも雪の作業が捗るならば良いだろうと思い慣れないながらも買い物を一通り済ませた。来た時と同じように徒歩で家へと向かう。
 その最中、ふと花屋の前で足を止めた。花屋の前には幾人もの人が居り、店の前には母の日を祝おう、という趣旨の紙が張り出されている。そう言えば街のあちこちに似たような内容で購買意欲を誘おうとする文句が溢れていた事を思い出す。生憎と母に当たる存在は居ないが、日頃の感謝を表すにはいい機会かもしれない。
 トロンに助けられた、あの少女。あの日から私達へ忠誠を誓い、いつだって変わらぬ情を注いでくれる。トロンにとって、私達にとって自分は手駒に過ぎないと理解しながらそれでも尚仕事としてだけではなく、ある意味家族のように私達を大切に思い、守ろうとしてくれている少女。
 母、というのは仮にも私より年下である年頃の女性に対しては失礼だろう。どちらかと言えば、彼女は姉であり妹に近い。年齢だけで言えば私が兄に違いないのだが、それでも私達を優しく、包むように見守ってくれている彼女は姉そのものだ。そうして同時に、私達を守ろうと力を振う彼女の危うさは愛らしく、妹のように庇護したいとも思う。私達家族にとって無くてはならない存在。
 店の中を覗くと、奥に大きな白い花の鉢植えが見えた。嗚呼、あれが良いだろう。純白の白はあの少女に良く似合うに違いない。何者にも汚す事の出来ない、痛い程の白。
 店員に告げ、鉢植えを包んで貰う。さて、これを渡した時に彼女はどのような表情を浮かべるのだろう。それが笑った顔であれば、と思った。



「お帰りなさいませ、X様。外の空気は如何でしたか?」
 帰宅すると、扉の内側で雪は私を待っていた。その事に少しだけ嬉しさを覚える。以前Vが言っていたのだ。屋敷に帰宅する時、正門から入ると必ず雪が出迎えてくれるのだ、と。一度私も出迎えて欲しいと思っていたのだが中々外出する機会も無く、漸く今日初めて雪の出迎えを受けた次第だ。
「やはり屋敷の方が私には合っているようだよ」
「そうですか。では只今紅茶をお淹れ致します。お荷物を……」
 正直に言えば、少々疲れた。私の言葉に雪は微笑ましそうに小さく笑って、常と同じく一礼すると私から荷物を受け取ろうとする。しかしその途中で彼女の手が止まった。どうやら頼まれて購入した荷物以外に大きな紙袋を持っているのが気になったらしい。渡すなら今が丁度良いだろう。そう判断し、荷物より先に先ず紙袋を渡す。
「……X様、此方は?」
「今日は母親に感謝を示す日だと聞いた。君は私達にとっての母親ではないが――大切な家族のように、私は想っている。良ければ感謝の気持ちとして、この花を贈らせてはくれないか」
「X様……ありがとう、ございます。お言葉共々、心より嬉しく思います。……中を見ても宜しいですか?」
「ああ、構わない」
 私が許可を出すと、雪は丁寧に紙袋から鉢植えを取り出す。咲き乱れる胡蝶蘭の香りがふわりと漂った。
「胡蝶蘭、ですか」
「白く気高い君には良く似合うと思ったのだが……気に入らなかっただろうか」
「いえ、嬉しいです。本当にありがとうございます、X様」
 そう答えて雪は小さくはにかんだように笑う。何処か幼い笑みはやはり妹のように愛しくて、私はつい彼女の頭を撫でてしまっていた。
 雪は、というとその手を振り払いはしないものの、少しだけ困ったような、拗ねたような顔で私を見た。
「X様……私は子供ではありませんよ」
「すまない。つい、君と居ると――昔を思い出してしまうようだ」
 幸福な記憶。無残にも奪われた子供時代の思い出。楽しそうに笑う私の大切な弟達。彼女を見ていると、そう言った過去の大切な記憶が甦ってくる。その度に私は胸に去来する懐かしさと愛しさを逃がすように、つい彼女へと触れてしまうのだ。あの頃の私が弟達にしていたのと同じように。
 私がそう言うと雪はそれ以上何も言わなかった。不快にさせただろうか、と思ったものの、彼女はただ優しく――姉のような眼差しで私を見つめているだけだった。
「今日はとびきり美味しいお茶とお菓子をご用意致しましょう」
「それは嬉しいな。楽しみにしておこう」
「はい。では、リビングでお待ち下さい」
 雪はそう言うと私の持っていた荷物を受け取り、鉢植えを再び紙袋へしまってからいつものようにキッチンへと姿を消した。どうやら喜んでくれたらしい。少しだけその場に立ったまま、彼女の消えた方向を見つめる。
 大切な、家族。もし私がそう言ったと知れば、きっとWは怒るのだろう。けれど彼女はいつの間にか私の、私達の心に入り込んでしまった。母であり、姉であり、妹であり、大切な家族。――いつの日か。全てを終えた後に、本当に彼女を“妹”と呼べる日が来たならば、私はそれを心から祝福しよう。
 空想が現実になるように願って、私は踵を返す。彼女の言う通り、今日の紅茶は普段より幾分も美味しいに違いない。折角なのだから、そんな紅茶によく合うような本を読む事にしよう。そう決めて、私は先ず自室へと向かったのだった。



【私の可愛い、ただ一人の】(120513)

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