ZEXAL_dream | ナノ

 5/13(V)

 朝。今日はとてもいい天気で、頭上には青空が広がっていた。歩道を行き交う人々は何処か楽しそうで、休日ということもありその歩調は緩やかだ。車の数はいつもより多く、皆休みというものを堪能しているのかもしれない。
「……えっと、これで全部かな」
 手に持ったメモを確認し、腕の中に抱えた紙袋を落とさないように気を付けて街中を歩く。どうして休日の朝に僕が屋敷の外にいるのかと言えば、朝早くトロンに呼び出された上に「このメモにあるもの、買ってきてよ」とよく分からない命を受けたからだ。
(僕じゃなくても良かった気がするんだけど……)
 というか、こういった買い出しは僕ではなくメイドである雪さんの管轄だった筈だ。わざわざトロンが僕に頼むので何か重要なものでもあるのだろうかと思ったけれど、メモに書かれたものはどれも普通の食材やお菓子の材料ばかり。やっぱり僕が買いに行く必要性が分からない。が、どんなものであれそれがトロンの命なら遂行するだけだ。
 リストに書かれたものを全て購入したことを確認し、僕は家路を急ぐ。――その途中。ふと、通りかかった花屋の前で僕は足を止めた。店頭には色とりどりの花が並べられている。けれど何だかいつもより華やかで、同時に店の前には何人もの人が居た。
「……?」
 何か、あるのだろうか。小さな好奇心から、並べられた花々を眺めてみる。すると店頭に大きく書かれた文字を見つけた。
「……母の日?」
 お母さんへ、日頃の感謝を籠めて花束を!なんて書かれたPOPに、おかあさんありがとう、と書かれたメッセージカード。どうやら今日は母親に感謝する日らしい。ようやくこの人だかりの意味を理解して、僕は足を止めてしまった事を悔いた。僕には何ら関係のない行事だ。店の前から去ろうとする。――けれど、不意に一つの花束が僕の目に留まった。
 オレンジ色の花を中心にした、暖かい色で囲まれた花束。優しいくて明るい色合いを見て、僕の脳裏に過ったのはあの人だった。
 彼女は僕の母ではない。勿論姉でも妹でもない、ただの使用人だ。それでも僕達の傍にいつでも居てくれて、温かい料理を作って、柔らかな愛情を注いでくれるあの人は僕にとって姉のようで、また、母と言ってもいいのかもしれない。
 例え血が繋がっていなくても。例えそのような関係でないとしても。感謝をしているのであれば、きっと間違いじゃないだろう。僕はその花束を手に取って店の中に足を踏み入れる。
(……喜んで、くれるといいな)
 買った花束を潰さないようにそっと抱き締めて、僕は一人小さく笑った。



 屋敷へと戻ると、いつものように雪さんが僕を出迎えてくれた。
「お帰りなさいませ、V様」
 そう言って自然な動作で僕の持っていた紙袋を受け取ろうとする。だから僕は荷物を渡す代わりに、持っていたオレンジの花束を雪さんへと差し出した。
「……V様。此方は?」
「雪さんへのプレゼントです」
 僕がそう答えると雪さんは驚いたように目を瞬いて、戸惑いながらも花束を受け取ってくれる。そうっと花を抱き締める彼女にオレンジの色が良く似合っていた。僕の想像通りだ。自己満足だとは分かっていたけれど、僕は何だか嬉しくなって笑った。
「良かった、雪さんによく似合います」
「……それは、ありがとうございます」
「今日は日頃の感謝を伝える日だと聞いたので、雪さんに僕からの感謝を伝えたくって……」
 いつも、僕達の為に働いてくれてありがとうございます。僕がそう言うと、雪さんは先程よりももっと驚いたような顔をして、それからいつものように優しく笑った。
 正しくは母親に感謝する日だと知っていたけれど、こう言えばきっと彼女は僕が無知な子供である故の行為だと思ってくれるだろう。
「ありがとうございます、V様。とても、嬉しいです」
 そう言って雪さんは、そっと僕の頭を撫でる。その手付きは何処までも優しくて、心の奥が温かくなるのを感じた。
「大切にしますね」
「はい」
「それでは、トロンの下に参りましょう」
 雪さんの言葉に頷いて、僕が先に歩き出す。後ろからは雪さんが黙ってついてきてくれた。
 ふわり、と花の香が鼻孔を擽る。雪さんに良く似合う、優しい香り。――この光景を、僕はいつまでも覚えておこう。ただの日常を。大切な、思い出を。例え復讐が本格的に始まったとしても、この日々さえあれば僕はきっと前を向ける。
(大好きです、雪さん)
 決して口には出さず、僕は心の中で呟く。大好きな、僕の――姉様。いつの日か本当に姉様と呼べる日が来ますように。そう心の中で祈って、僕はトロンの部屋へと足を踏み入れたのだった。


【最愛の“ねえさま”へ】(120513)

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