ZEXAL_dream | ナノ

 i_02

 生まれつき、私には不思議な力があった。左手に刻まれた漆黒の色をした痣と、右手に宿る白い痣。その二つの痣を重ねると、他の人には見えない様々な事がデュエルを通して見通せたのだ。それは例えば次に自分がにドローするカードであったり、相手のデッキであったり、未来であったり。デュエルに関する事ならば、自分以外の事でも全てが見えた。この力が何なのかは私にも分からなかったけれど、それでもデュエルに関係しない事は見通せないし、精々個人個人が持つ“特技”というものが更に特化したようなものが私の能力なのだ――と私は思い、納得していた。
 それでもこの力が他の人には無いものだとは分かっていたし、事実この不思議な力を知った私の両親は私を怖がるようになった。だからそれ以来私は誰にもこの力を教えなかったのだけれど、勝手に発動してしまうこの力はいつの間にか噂になっていたらしい。
『ハートランドシティには、デュエルで未来が見通せる子供がいるらしい』、と。


「ねぇ、おねぇちゃん。おねぇちゃんは、みらいがみえるの?」
 まだ小さな妹は、舌足らずな口調で私に問い掛けた。両親さえ忌むこの力をこの子は恐れない。それもそうだ。この子にも、私に似たような力が宿っている。――けれど、両親はそれを知らない。私がこの子に、誰にも話してはいけないのだと、発動させようとしてはいけないのだと教えたのだから。
「ちょっとだけね」
 そう言うと妹は自慢げに、嬉しそうに満面の笑みを浮かべる。可愛い可愛い私の妹。能力のせいで身体の弱くなってしまった、私の可愛い家族。
「でも、おねぇちゃんのあざ、どこにいくのかな?」
「……さぁ、何処かな」
 私の肩に刻まれた黒い痣に触れて、妹は首を傾げる。だから私はその手を取って、この子の頭を撫でて、笑った。
 ――そう、肩の痣だ。左の掌に刻まれていた筈の痣は、いつの間にか移動を繰り返し、手首へ、肘へ、腕へ、そうして肩へと昇ってきた。どうやらこの痣は私が力を使う度に少しずつ移動を繰り返すらしい。このままこの痣は首へ、頬へ、と移動し、最後には脳へと辿り着くのではないか。そんな妄想が虚構であるとその頃の私には到底言えなくて、言える根拠もなくて、ただただ力を使うのが怖かった。このまま力を使い続けて死んでしまったらどうしよう。
 けれど私が死んだ所できっと誰も哀しんではくれないだろう。両親は喜ぶかもしれない。唯一妹だけが私が死んだことを泣いてくれるかもしれないけれど、まだ幼いこの子には死という概念さえ理解出来るか怪しかった。
 死ぬのが怖い。死にたくない。誰にも必要とされなくったって、私はまだ生きていたい。
 今思えば、この時期はそんな事ばかり考えていたような気さえする。けれど実際にはさながら死の刻印のような私の痣は肩の上から脇腹へと下り、そのまま足へと移動していってしまったのだけれど。
 そうして、6年前。痣の恐怖から少しだけ解放され、それでも親からは必要とされないまま13歳になった私の前に彼らはやってきた。
「君の持つ力はとても素晴らしい。是非世界を救う為、我々に力を貸してはくれないか」
 私の家にやってきた男は、私に様々な事を言った。彼らの施設に来て欲しい事。力を貸してくれれば玩具でもお菓子でも欲しい物をなんでも与えてくれるという事。施設は怖い場所では無く、私のように不思議な力を持った子供たちが集まる場所で、大人はみんな優しく、子供たちはとても仲が良いという事。男の人は良い事ばかりを並べる。まぁ素敵、と話を聞いた両親は嬉しそうに笑った。
「だから、私と一緒に来てくれないかな?」
 そう言って、私の家にやってきた男は笑った。にこり、と、とても優しそうな――今まで誰にも、大人からは向けられたことのない温かな微笑みを浮かべて。
 ……もし。もしこの時私が咄嗟に、能力を発動してしまわなければ。目線を合わせ、微笑む男の人の瞳の奥に空恐ろしいものを感じず、つい癖のように――太腿へと移動した痣へ触れなければ。未来はどう変わっていたのだろう。目の前の男に恐怖し、痣へと触れてしまった私には触れなかった未来に少しだけ想いを馳せる。
 触れてしまった私が見たものは、――この男に着いて行った先の未来。世界が崩壊する姿だった。空が灰色に染まり、ビルが崩れて瓦礫と化し、誰かが――……青い色の男の子が叫んでいる、姿。
 だめだ。この男に着いていっちゃ、だめだ。そうしたら全てが終わってしまう。行くな。
 誰かの声が、私の声が、耳の奥で聞こえる。目の前ではにこにこと人好きのするような笑みを浮かべて私を見る男。背後では、邪魔な娘がいなくなると喜ぶ両親。そうして、不思議そうな顔で首を傾げる私の、可愛い妹。
 私は今すぐここから逃げたい衝動を堪えて、強く自分の手を握り締める。それから、笑った。
「はい。でも、……3日だけ。3日だけ、家族と過ごしても、いいですか」
「ああ、勿論だとも!それじゃあ、少しだけ君の両親ともお話をさせてくれないかな」
「はい、分かりました」
 今まで話していた男の人の代わりに、別の人が家に入ってくる。両親は私の返答に少しだけ残念そうな顔をして、それでも喜んで男の人を家に招き入れていた。ここからは大人の話だから、あなたは妹と二人で部屋に居なさい。Mr.ハートランドに会えて良かったわね、きっとあの人ならあなたを幸せにしてくれるわ。そういって母親は、私の能力を知る前のように微笑んだ。だから私は同じように微笑んで、ありがとうと告げる。それから妹の手を引いて、自分の部屋へと戻った。
「おねぇちゃん、どっか行っちゃうの?」
「うん、そうだね」
「やだ…!やだ、やだ、よ。おねぇちゃん、いかないで。ずっと、いっしょにいて」
 やだやだ、と駄々を捏ねて妹は泣く。可愛い妹。この子だけが私を必要としてくれる。だから、――だから私は、この子だけは守らなくちゃいけない。私は妹の頭を優しく撫でる。それから、妹に言った。
「なら、私のお願い聞いてくれる?」
「……?うん、おねぇちゃんのおねがいなら、なんでもきくよ」
「そう。それじゃあ、今日の夜のお薬は飲んだフリをして捨ててくれる?」
 妹は毎日薬を飲んでいる。特に夜の薬はとても大切で、飲まなければこの子は発作を起こしてしまうのだ。けれど薬の意味なんて分からないこの子には、大嫌いなまずい薬を飲まないで、という私のお願いはとても嬉しかったらしい。うん、と元気よく返事をした。
「わかった!きょうのおくすり、のまないね」
「ありがとう。だいすきだよ、__」
「あたしも、おねぇちゃんだーいすき!」
 にこにこと笑顔を浮かべて妹は私に抱き付く。私が抱き返すと、妹はもっと嬉しそうに笑った。可愛い可愛い、私の妹。大切な妹。だからこそ、私がこの子に出来る事は少なくて、それがとても悲しい。
「ねぇ、__。私のデッキ、あげる」
「え、いいの?おねぇちゃんの大切なデッキでしょ?」
「ううん、いいの。これ、私の代わりに大切にして」
 私は自分の持っていた紫のデッキホルダーを妹に手渡す。小さい頃からずっと使っていた大切なデッキだ。けれど、今私がこの子にあげられるものはそれ位しかない。
 デッキの精霊なんて、私には見えないけれど。せめて今までずっと私を助けてきてくれたこの子達が、私の大切な妹を守ってくれれば良い。それが無理な話だと、私は知っているけれど。
 ――ごめんね、と心の中で呟いて、私は唇を噛み締めた。

 次の日、妹は発作を起こして入院する事になった。私と家族団欒を過ごさなくて良くなった、と安堵する暇もなく両親は救急車を呼び、妹を病院へ連れて行く。普段なら留守番を命じられる筈の私は、今日だけは珍しく駄々を捏ねて一緒に病院へ連れて行って貰えることになった。昨日の内に準備しておいた、使い慣れた――たとえ持っていても不審に思われないような小さ目の鞄を背負い、両親の車に乗り込む。
 極力必要のないものや重い物は避けて、軽く、尚且つ重要な物だけを鞄に詰めた。母親と父親のへそくりを持っていく事は少しだけ気が咎めたが、致し方ない。財布にお金を詰め込んで、携帯電話や居場所を特定されそうなものは壊さずにまだ持っておく。
 これで、此処から逃げ出す準備は整った。あの子を騙して、逃げ出す為の足掛かりにしたことへは罪悪感が湧くけれど、それでも――あの男達も、まさか病気で入院している子供に手を掛けたりはしないだろう。恐らくは、だけれど。
 せめて、一緒に連れて逃げられるだけの力が私にもあれば良かった。だけど13歳の子供には、自分一人を護るだけで精一杯だったのだ。


 ――さて、回想はこの辺りまでにしておこう。
 そうして病院から逃げ出した私は、1年後に彼らの手先に捕まった。恐らく私を見つけたのは、下っ端の下っ端だったのだろう。抵抗する私から力を奪う為に痣の宿る手足を潰した。動かなくなった私を見て死んだと思った彼らは、浅はかにも――そう、本当に浅はかにも。その遺体を回収することさえ忘れて、放置していったのだ。
 その後トロンに無事私は拾われて、“メイド”として必要な知識を色々な場所で学ばせて貰った。何一つ不自由の無いように――いつでも彼を、トロンを。そして彼ら一家を護る盾となり、敵を払う矛になるように。そして、……否、これは良いだろう。とにかく私は彼らに仕え、彼らを護れさえすればそれで良いのだから。
 唯一残された苗字をもトロンの為に捨てて、私は門を潜る。この屋敷の中に住まう彼らが、これから私が一生を捧げる人達だ。
 今の私なら、例えあの時私の手足を轢き潰した彼らに出遭ったとしても負けはしない。私はそっと、服の上から脇腹へと触れる。――緊張した時に痣に触れる癖は未だ治らないらしい。轢き潰される瞬間まで左足にあった筈の痣は、まるで死にたくないというように目が覚めた時には脇腹へと移動していた。但し右手の痣は何処にもない。あの頃より私の力は不完全になってしまったけれど、それでも少しは彼らの役に立てるだろう。
 痣に触れた瞬間、屋敷の奥から光が4つ見えた。私は小さく、ほんの少しだけ笑って屋敷の中へと足を踏み入れた。



【回想】

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