ZEXAL_dream | ナノ

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「ねぇ、生きたい?」
 降りしきる雨の中、地面に横たわる私に彼はそう尋ねた。手と足からは今も止め処なく赤い液体が溢れ続けていて、雨と混じり合いながら地面へ広がっていく。段々と失われていく体温と意識。
 もしこれが平時ならば、こいつは何を言っているんだ頭でも可笑しいんじゃないのか、と思っただろう。けれどその時の私は間違いなく死にかけで、更に言えばあともう少しすれば本物の死体になるだろう非常時だった。だから、もう殆ど感覚の無くなった左手を死ぬような思いで動かして、差し出された手を私は握った。
「いき、たい」
 絞り出した声は掠れていて、彼に届いたか分からない。けれど彼は笑った、ような気がした。そこで私の意識は途絶えたのだった。



 目が覚めて、一番最初に視界に飛び込んできたのは真っ白な天井だった。白いカーテンに、白いシーツ。ああ、ありきたりな光景だ。漫画とかでよくある風景だと思う。気を失って、目が覚めたら病院に居て、何の因果か命が助かりました――なんてありがちな展開。まさかそんな現実離れした物語の世界にある光景を目の当たりにするとは思っていなかったので素直に驚いておく。半分位は冗談だ。何が冗談だったのか、と言うなら――死に掛けた現実も、助かった現実も、どれもが私にとっては夢に出来る程遠い話でも無かったのだから。
「あ、気が付いた?」
 目を開けたままぼんやりとそんな事を考えていると、聞き覚えのある子供の声がした。緩慢な動作で声のした方へ視線を向ける。そこに居たのは、紛れもなく私に手を伸ばした彼だった。小さな体躯に、金色の髪。それから不釣り合いな仮面、とここまで奇抜な容姿を忘れる筈もない。あー、あー、と意味の無い発声練習をして自分の声が出る事を確認してから私は答えた。
「えぇ、今さっき。……私が意識失ってから目が覚めるまで何日でした?」
「大体1週間位だよ。てっきりこのまま死んじゃうかと思った」
 あはは、と無邪気に彼が笑う。多分冗談では無く本気の言葉だろう。特に怒りも何も湧かない。というよりも今の私は彼の失礼な発言――いや、別に失礼でもない。私もあのまま死ぬかと思っていた訳だし――よりも気になる事があったのだ。
「ところで、この手足、よくあるアレですか」
「うん、よくあるアレだね」
 記憶にある限り、間違いなくひき潰された右手と左足が存在していた。ついでに言うなら本物の手足より重い。見た目は同じ肌色でどう見ても本物の手足だが、装着させられている私には分かった。これ、義足と義足だ。しかも機械製でバカ高い精密で精巧な奴。この義肢を覆う皮膚も恐らくは人工の皮膚だろう。となれば目の前の彼は間違いなく法外な程の金持ちで、更に言えば言外ともいえる馬鹿で、ついでに付け加えるなら多分善人じゃない方の人間だろう。間違いない。
「……これ、もしかしなくてもアレですよね。助けてやったから言う事を聞いて貰う、的な」
「うん、そういうアレだよね。もしかしなくても」
「ですよね」
 ベタだ。ありがちだ。漫画でこんな展開したら間違いなく非難されるタイプの流れだ。いやだが王道と言う観点で言うなら正しい流れでもある。ああ、厄介な事に巻き込まれた。なんて、それを悔やむのなら今ではなくもっとずっと前なんだろうけど。
「一応様式美として聞いておきますけど、断ったらどうなります?」
「どうにもならないよ。君はここから出て終わり。僕は法外なお金も要求しないし、ここで殺してやる!とも言わないしね」
 意外な返答だった。てっきり今彼が言ったような台詞でも言われるかと思っていたのだけれど。けれど、これが優しさからの言葉ではない事位は私にも分かる。
「そうするだけの度胸か、先を予見できない馬鹿だったなら、って話ですね。それ」
「あはは!良かった、やっぱり君は馬鹿じゃなかったんだ」
「生憎2回も死に掛けるのは御免なんで」
 そう、余程度胸があるか余程馬鹿でもなければ彼の提案を断ることなど出来る筈がないのだ。だって、要するに彼は私を殺そうとした相手に面の割れてる、少し前に殺されかかった私にそのまま外の世界で生きろと言っているのだから。そんな無謀なこと、誰が出来るだろう。もう一度殺されるなんて私は嫌だ。
「いいですよ。もとより一度死んだようなモノですし、今は余生みたいなモンでしょう。命の恩人で、ついでに手足までプレゼントしてくれた心優しい方は私のような殺されかかる愚鈍な馬鹿にどのような事を御所望で?」
 肩を竦めて言ってみる。思っていたよりも新しい手は少々鈍いなりにわりとすんなり動いた。彼は少しだけ驚いたような様子を見せて、それからまた楽しそうに笑って答えたのだ。
「メイドになってよ」
 と。


【全てのはじまり】

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