ZEXAL_dream | ナノ

 デッキをつくろう

「おい、テメェはデュエルしねぇのかよ」
 不躾に投げられた問いに、雪は紅茶を注ぐ手を止めて顔を上げると声の主へ視線を向けた。血のように赤いルビー色の瞳は真っ直ぐに彼女へと向けられており、お互いの視線がかち合う。
「生憎ですがお坊ちゃま」
「誰がお坊ちゃまだ!」
「おや、申し訳ありませんW様。ですが生憎ながら私はデッキなるものを所有しておりませんので、デュエルなるものは出来ません」
 軽くWの言葉を交わし、雪は改めてカップへと紅茶を注ぎ終えるとその横へ茶菓子を置いた。今日はマフィンらしい。紅茶と言えばスコーンではないのか、とWは一瞬考えたものの腹に入ればどちらも同じであると思い直し何も言わずにスコーンを頬張った。
「雪さん、デッキを持ってないんですか?」
「えぇ、V様」
「じゃあ、デュエルの経験も無いんですね」
 二人の会話を聞いていたVが雪にそう問い掛ける。けれど雪は二つ目の質問には何も言わず、ただ優しく微笑みを返すだけだった。Vはそれを肯定と受け取ったらしく、何やら複雑そうな表情を浮かべている。恐らく、雪がデュエルそのものに興味がないのか、はたまた本当は興味があるけれどデュエルをする余裕が存在していなかったのか、それとも何か嫌な思い出でもあるのか、と考え込んでしまったのだろう。
(……我が弟ながら馬鹿だよな)
 無言でマフィンを食べながらWは思う。もっともそれは侮蔑するようなものではなく、どちらかと言えば兄弟愛の滲む優しいものだけれども。
 Wには雪の微笑みの意味が分かっていた。彼女が言葉で返さない時は、答えたくない時だ。そして同時に嘘を好まない彼女にとって沈黙とはある種の肯定であり、ある種の否定である。今回は後者だろう。
 デュエルの経験はある。しかし、現在はデッキを持っていない。
 それが正しい回答だ、とWは推測する。けれどそれをVに教えることはない。――が、結果としてはそれが功を奏したのだろう。散々一人で考えたのか、不意にVは雪の手をぎゅっと掴んで言った。
「雪さん、一緒にデッキを組みましょう!」
「……は、い……?V、様?」
 ぽかん、という効果音が相応しいような顔を雪が浮かべる。普段冷静な彼女にしてはとても珍しい反応で、Wは思わず吹き出してしまった。けれどWに構う余裕もないのか、雪はVを見つめたままただ困惑している。一方Vは何処か緊張した面持ちで、けれど興奮した様子のまま言葉を続けた。
「僕、雪さんにデュエルの楽しさを知って欲しいんです。だから……!……駄目、ですか?」
「いいえ、V様。使用人である私めにそのようなお心遣い、心から嬉しく思います」
 じっ、と上目遣いでVは雪を見つめる。懇願するような声に、雪は気付くといつの間にかそう返答していた。彼女自身自覚しているが、雪はVに甘い。それはもう、猫可愛がりと言ってもいい程にだ。トロンに対しての態度は忠誠がはっきりと見えているのに対し、Vに対しては完全に甘やかしモードに入っている。あの雪がVを見る目が何かに似ているな、と思い、それがファン達が自分へ向ける視線なのだとWが納得した頃には話は完全にまとまっていた。
「それじゃあ、今度一緒にカードを買いに行きましょう。きっと楽しいです」
「はい、V様。楽しみにしております」
 どうやら今度の休みに二人でカードを買いに行く事になったようだ。トロンか、もしくは雪に甘いXにでも頼めば店ごとカードを買い占めてくれそうなものだがそうしないのは――単純に、本当に、カードの楽しさを雪に教えたいからだろう。幼い頃の、自分と同じように。だからWはそれ以上何も言わずに、もう一つマフィンを口に詰め込んだのだった。



「――それで、マドルチェにしたんだね」
「はい、トロン。……V様が『とても愛らしいカードで、雪さんに似合います』と仰って下さったので」
 その時の事を思い出したのか、珍しく雪は照れたような、困ったような顔ではにかんだ。滅多に見れない――否、初めて見る表情にトロンも僅かながら驚く。
「へぇ……良かったね、雪」
「はい、トロン」
「けど、嘘はダメだよ。嘘は、さぁ」
 あはは、と楽しそうに笑いながら経緯を説明されたトロンは言った。その言葉に雪はすっと双眸を細め、薄く笑みを浮かべる。
「嘘ではありませんよ、トロン。使用人である雪――“私”のデッキは存在していなかったのですから」
 淀みなく雪はトロンに答え、テーブルの上にデッキケースを置く。桃色の、まるでVを連想させるような愛らしいケース。そしてもう一つ、――血のように紅いケースだ。
「へぇ?じゃあさ、じゃあ、……その真っ赤なデッキは誰のかなぁ!ねぇ、雪」
「おや、トロンも意地が悪い」
 手を叩き、子供の様にきゃっきゃとはしゃぎながらトロンは問う。雪は軽く双眸を瞬き、また笑った。
「――トロンの忠実な手駒である、“誰か”のモノ、でしょう?」
 密やかな笑み。笑みの形に歪められた唇を見て、トロンは満足げに「あは」と笑い声を零したのだった。



【120508】

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