▼ 意味のない話
「ねぇ、雪は僕を嫌いになるかい?」
「いいえ、トロン。私がトロンを嫌いになる事など有り得ません」
パタパタと足を揺らし、いつものようにスクリーンへ映し出されたカトゥーン・アニメを見ながら発せられた問い掛けに私は間髪置かず答えを返す。彼の真意など分からない。ついさっきまでV様の作ったケーキを食べながら楽しそうにはしゃいでいた彼の琴線に何が触れたのか、など他人である私が分かる訳が無いのだ。勿論それは私だけじゃない。X様も、V様も、W様も、きっと誰にも分からない。
けれど、理解出来るか・出来ないか、の二択なんて私にはどうでも良いことで、今大切なのはトロンの質問に答えることだ。応える、ではなく、答える。彼の望む、望んでいるだろう返答を選んで当たり障りのない対応をするなんて私はしたくないし、しない。トロンに拾われるよりもずっと前から、私はそういう人間だった。嘘偽りで塗り固めて円滑な人間関係を構築する位なら、私は一人でいい。どれだけ自分が傷つくことになろうが、優しい嘘なんて欲しくない。棘だらけの真実の方が、ずっとずっとマシだ。だから私は素直に答える。トロンを嫌うことなど、有り得ないと。
私の返答にトロンは「ふーん」と気の無い返事をして、また楽しそうにアニメを見始めた。空になったカップに甘い紅茶を注ぎ足す。
「雪、ケーキのお代わり」
「はい、トロン」
視線を向けられずに告げられた要求に、私はすぐさま応える。新しいケーキをトロンの前に差し出すと、彼は美味しそうにケーキを食べた。
「ねぇ、雪」
「はい、トロン」
「ずっと僕の、駒で居てね」
ケーキを要求するように、軽い口調で言われた台詞に私はいつものように恭しくお辞儀を一つして微笑みを浮かべる。そうしてまた、言い慣れた本心を舌に乗せた。
「全てはトロンの意の侭に」
【120507】
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