(文次郎と仙蔵)
忍術学園を出て目にしたのは雪の降り積もった白銀の世界だった。
一歩踏み出すとさくっと足の下で霜の折れる音がする。
ふぅっと息を吐けば白い吐息が宙を舞い消える。
仙蔵は肌寒さに身を震わせてかじかむ両手をさする。
「…寒い」
呟くと拳を握っては開いてと言う動作をはじめそれを繰り返す。
何度か拳を握っては開いてを繰り返す内に指先が仄かに温まって来る。
俄かに気温まで上がったような気がして仙蔵は辺りを見回した。
ちらちらと風に舞う雪も吐く息の白さも変わらない。
ただ、肌寒さだけが緩和されている。
そう言うものかと仙蔵は上げた顔をそのままに心中独りごちる。
さくさくと足音をたてながら一歩一歩踏み締めるように進む。
幾ら進んでも目に映る世界は降り積もった雪で真っ白で綺麗。
綺麗、だけれどどこか物哀しい。
その訳を仙蔵は知っている。
一人だからだ。
本来ならば隣を歩く筈だった男は会計委員会の委員会活動を言い訳に一緒に行く筈だった町への買い物を断られた。
「…文次郎の馬鹿」
呟き唇を噛む。
そして、早く忍術学園から、文次郎から離れるかのように一歩一歩、進める足を早めた。
上げていた筈の顔は下を向き、代わりに噛んでいた筈の唇が開かれる。
「馬鹿、馬鹿、馬鹿、…ばか」
早めた足と止まる事なく上がる声で息が乱れるのも構わずに仙蔵は上を向き叫ぶ。
「ばかっ!」
「誰が馬鹿だ、バカタレ」
仙蔵が叫んだ直ぐ後に背後から聞き慣れた低めの声が仙蔵に降り掛かる。
その声に仙蔵はびくりと肩を揺らす。
「…文次郎」
声の主、文次郎を振り返らぬまま仙蔵は名前呟く。
文次郎は振り返らない仙蔵を後ろから抱き締めた。
「何故、着いてきたんだ」
「何故って、…町に一緒に行くって約束しただろう」
「委員会は、…会計委員会はいいのか」
「田村に任せて来た」
「…そうか」
会計委員会より自分を選んでくれたのが嬉しくて仙蔵は文次郎に気付かれないように笑みを浮かべる。
「なぁ、文次郎、…離してくれないか」
「まだ、怒ってんのか?」
「違う」
仙蔵は文次郎の腕をするりと抜け、そして、体ごと文次郎に振り返り文次郎の胸板に飛び込んだ。
「せ、仙蔵、」
「有り難う」
「え?」
「二度は言わん」
「…おう」
気が付けば仙蔵はもう寒さも寂しさも感じなくなっていた。