※大学パロ
(文次郎と仙蔵)
ドアをノックしても当然のように返事がない。
「仙蔵、入るぞ」
一応、断ってからドアノブに手をかける。
そう広くもない寝室に入ると、部屋の主はベッドの中で丸くなっていた。
この部屋に置いてある目覚まし時計が作動してないのかと疑いたくもなるが、枕の上には倒れている目覚まし時計があった。
本来そこにあるべき頭は、布団の中にすっぽりと収まっている。
「仙蔵。朝だ。起きないとキスすんぞ」
ベッドの脇に立って大きめの声を出すと、丸くなっているものがもぞもぞと動いた。
体を揺するなり布団を剥ぐなどして無理矢理起こしてしまいたいが、そうすると仙蔵は手か足でカウンター紛いの攻撃を仕掛けてくるのだ。
避け損ねて見事に顔に食らったときは小平太と留三郎と伊作に散々笑われた。
回想に浸りそうになって慌てて気を引き戻す。
こんな事をしている間に仙蔵が強制スリープモードに入り兼ねない。
文次郎はとうとう怒鳴った。
「仙蔵!いい加減にしろ!」
「…今日、…何曜日」
「月曜日」
その意味を反芻しているのか、少しの間沈黙が訪れる。
そして、がばっと体を起こした。
「一限目じゃないか!」
着替えをひっつかんでバスルームに駆け込む仙蔵に文次郎はやれやれとため息を吐いた。
文次郎が朝食をテーブルに運んだ頃、仙蔵も身支度を終えて食卓についた。
ちらりと見た時計の針は、充分間に合う時間を差している。
「今日はパンなのか。昨日はご飯だったのに」
「昨日、スーパーの安売りやってたんだ」
「ほう。…相変わらず、金持ちらしからんな。因みに、私はご飯がよかったのだが」
「仙蔵、このパンは好きだって言ってただろ」
…そうだけどと言いながらも仙蔵はマーガリンを塗ったパンを口に運ぶ。
無駄に広いダイニングには二人分の朝食しかない。
ここで同棲する事になった時は家の大きさに仙蔵が驚き本当に金持ちなんだなと文次郎は言われた。
親がなと返したのは言うまでもない。
「なぁ」
「なんだ?」
「文次郎は着替えなくていいのか?」
「?」
「遅刻しても知らないぞ」
「今日は二限目だけなんだ」
「…ずるい」
「ずるくねェ」
仙蔵はむうと口を尖らせるとナプキンで口元を押さえた。
「じゃあ、私はそろそろ出るよ」
「もう?まだ早いんじゃねェか?」
「私は早めに行く主義なんだ。あぁ、そうだ。今夜はレポートを作成するから付き合ってくれ」
「…またか」
トーストの最後の一口のために大きく開けていた文次郎の口から不満が漏れる。
仙蔵はレポートを作成する度に文次郎を付き合わせる。
夜中、一人で起きているのが嫌なのだ。
因みに、文次郎は一人でレポートを作成する。
「頼んだ」
言うと仙蔵は半開きになっていた文次郎の唇に口付ける。
文次郎は頬を赤く染めるときょろきょろと視線を動かしつつ暫く間を置いてから仙蔵に視線を向けた。
「お、おう」
動揺しつつ返事をし、今度こそトーストを口に放り込むと仙蔵が上着を肩に引っ掛けて玄関へ向かう。
口をもごもごさせながら仙蔵と呼ぶ。
礼儀がなってないと肩越しに睨み付けられ、急いで飲み込んだ。
「今夜はなに食べたい?」
「そうだな、…イタリアン」
「言っとくけどパスタ止まりだぞ」
「期待してるぞ。行ってきます」
「行ってらっしゃい。気いつけてな」
ふふっ、と笑いを零しながら仙蔵が返事の代わりに手をひらひらさせた。
ばたん、と玄関のドアが閉じる音を聞きながら文次郎も息だけで少し笑った。
食器を軽く水で流してから食洗機に突っ込んで文次郎は思う。
どうしようかな。
生クリームがあったはずだからカルボナーラでも作ろうか。
それとも仙蔵が嫌いなナポリタンを作ろうか。
食卓に上がった皿を見たときの仙蔵の顔を思い浮かべて文次郎は笑った。