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(小平太と仙蔵)


生物小屋の鳥籠から解き放たれた小鳥が空を舞って飛び立って行った空の下、唇を奪って壱、弐、参。
唇を離して参、弐、壱。
仙蔵険しく寄せられた眉間の皺に小平太が指を伸ばせば仙蔵に掴まれた。
どうやら調子に乗り過ぎたらしい。


「小平太」


濡らしてやった唇は色気を微塵も含まれておらず唸るように名前を呼んだ。


「なんだ」


小平太は至近距離のまま笑った。
掴まれた指がみしっと悲鳴を上げた気がするがまだ大丈夫。
折られはしないだろう。


「止めろ」

「なにを」


平然と言い返すと仙蔵は皺を深くした。
あぁ、やっぱり触りたい。その眉間。
なんたってそこは素直で可愛いのだ。
揺らいだ感情を表している。
喜びも悲しみも不安も。
その若者らしいしかめられた眉間に刻まれている。

仙蔵は小平太の「なにを」についてはため息で答えた。

小平太だって答えは分かっている。
愛するのを止めろ、だ。

それは不安だから。
幸せの後の未来が不安だから。
仙蔵の不安は今にはじまった事じゃない。


「仙、…蔵」


長く、溜めて。
期待を促すように。
甘く、響かせて。
不安すら心地よくなるように。
たじろぐような気配を見せた仙蔵の顔には不安よりも怯えが。


「仙蔵、お前は強いんだぞ」


おどけた調子を取り戻して言う。
仙蔵はなにも言わないが小平太にはその葛藤が聞こえる。


「でももし、後で辛くなるなら」


仙蔵の緩んだ手を小平太が掴みなおし掌を合わせる。
掴まれていた指は汗ばんでいたらしく解放されると涼しくて寂しかった。


「その時に忘れて、いい。全部なかった事にしてくれ」


仙蔵の目が傷付いたように揺れた。
別に意地悪のつもりではないのにと小平太は思うが。
仙蔵がなにをどう受け取るのかなんとなくわかっていて言うのだからやっぱり意地悪かも知れない。
でも、小平太にだって確かめたい気持ちがある。


「…勝手な、事を」


そう言った後の仙蔵は不思議と穏やかであった。
変わらず不安は呼吸をしていたが。
どんな結論を導いたのであろうか。
願わくば、諦めた、とか後ろ向きなものでなければいい。


「もう一つ、勝手な事を祈らせて」


返事を待たずに小平太は仙蔵の手をひっくり返しそこに唇を寄せた。
硬直する仙蔵は思った通り。


「忘れないで」


出来たらこの掌に収まってどこまでも一緒に行きたい。
矛盾で傷をつける。


「…お前は」


仙蔵の吐いた息に甘さはなかった。
しかし、小平太を振りほどく事もしなかった。
繋いだ声があったが、繋いだ先の続きは聞こえなかった。

お前は、忘れるのか。
問いたい気持ちは湿った掌から伝わってきた。
言えない意地も。
お互いさまで。
お互いさまなのにどちらに合わせる事も出来ない。

小平太も仙蔵も不安。
不安なのはお互いさまなのだ。

彼らは解き放たれた小鳥のように空を舞うのだろうか?
それとも地に落ちるのだろうか?


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