(留三郎と文次郎)
つり上がった目を真剣に手元の花に注ぎながら留三郎は傍らに休む文次郎に話し掛けた。
「文次郎。お前、花は好きか?」
その花は今朝、仙蔵がつんでいたものだった。
借りてきたのか勝手に持ってきたのか、なんにせよ、関心のない文次郎は問う事をしない。
問われたことには答えるが。
「嫌いじゃない」
無愛想に告げれば留三郎は文次郎の顔に目を向けた。
「文次郎の嫌いじゃないは好き、だよな」
「わかってるなら聞くな」
その視線から逃れるように顔を背ければそれを照れ隠しとして捉えられるのは仕方ない。
しかし珍しく留三郎はからかうように見る事はせずにすぐに真顔を花に戻した。
「じゃあ犬は?」
「嫌いじゃない」
「猫は?」
「嫌いじゃない」
そのまま留三郎は次々と普段さして気にも留めないようなものの名前を出してみせた。
文次郎は面倒だとも思いながらなんとなくこの先に留三郎が期待しているであろう流れを予感して律儀に付き合った。
珍しく留三郎が文次郎の為じゃなくて自分の甘えを持ってして文次郎に話し掛けているのだ。
それが嬉しくない訳がない。
対象はものから人へ移った。
「乱太郎は?」
「嫌いじゃない」
「きり丸は?」
「嫌いじゃない」
「しんべヱは?」
「嫌いじゃない」
留三郎は後輩たちの名前を次々と挙げる。
挙げていく。
文次郎はそれに答える。
「八左ヱ門は?」
「嫌いじゃない」
後輩たちの名前を挙げ終えると留三郎は少し黙った。
いよいよかと文次郎は目を伏せた。
「じゃあ仙蔵は?」
粋なりその名前。
さて、どうしようか。
留三郎の期待を超えてやるには恥ずかしいがこうするしかないのだ。
「好きだ」
はっきり言う。
留三郎の目は驚きに見開かれた。
文次郎の頬が熱を持つ。
留三郎は驚いた顔のまま次の同級生の名前を挙げた。
「小平太は?」
「好きだ」
「長次は?」
「好きだ」
「伊作は?」
「好きだ。皆、好きだ」
繰り返して仕舞えばばなんて事なく文次郎の頬の熱はひいた。
間違いなく同級生たちのことは好きなのだ。
留三郎は眉間に皺を寄せていた。
なにかを絶えるようなその表情のまま最後の問いを投げた。
「じゃあ俺は?」
「愛している」
思いの外あっさりと口を滑り言った文次郎自身が驚いた。
構えていたのが嘘のようだと留三郎の顔を見ると頭を叩かれた。
叩いた留三郎の頬が赤い。
怒ったように視線がそらされた。
「そのどや顔腹立つ」
留三郎はの怒った顔の口元はなにやら絶えきれなかったらしい笑みが滲んでいて気がついた文次郎は企みの成功を確信して顔が意地悪く緩むのを感じた。
留三郎は照れ隠しに両足をぽんと前に放り投げた。
「『大好き』で十分だったのによ」
そうか、そっちは思いつかなかった。
苦虫を噛み潰したような気持ちになった。
そっちならもっと恥ずかしい思いをしないで済んだのだ。
しかし留三郎の期待を超えてみせようと言う目的は達せられたのだ。
たまには照れずに言ってみよう。
素直なお前への気持ちを。