※現代学パロ
(文次郎と留三郎)
手元を照らすのみの明かりの中で文次郎の目が舞台の中央を真剣に見つめていた。
ここは舞台照明管理室。
観客席の上に位置する狭い空間に文次郎と留三郎は息を潜めていた。
照明担当の文次郎は主役として舞台で舞う仙蔵をスポットライトで追いかけていた。
その横顔とびっしり赤文字が書き込まれた手元の台本を交互に見ながら留三郎は音響パネルを次に備えて押していった。
台本に合わせて残響レベルを調整する。
この前の舞台リハーサルでしくじった処だった。
壁に設置されたスピーカーからは舞台上の役者の声が聞こえてくる。
照明パネルと音響パネルの間にはモニターがあって舞台を映していたが文次郎も留三郎もそちらよりは正面のガラス窓から舞台を見ていた。
特に照明はモニターだけじゃわからない。
『何故、何故貴方は…』
文次郎の唇の動きとスピーカーから聞こえてくる仙蔵の声が重なる。
文次郎は照明担当として台詞の殆どを覚えるらしい。
その努力から役者の方が向いていると文次郎を除く誰もが思ったが、どうも照明がいいと言う。
スポットライトが絞られ、消える。
舞台は闇。
たっぷり三秒の間を数え、留三郎は雷のSEと、その残響に雨音を打った。
モニターの不自然な明かりが二人の顔を下から照らした。
強い緊張、雷鳴の余韻。
徐々に客席が明るくなり、休憩のアナウンスが入ると、張り詰めていた空気が弛んだ。
はぁっと息を吐く文次郎。
「お疲れ、留三郎」
「あぁ、お疲れ。まだ一幕だけどな」
ペットボトルの蓋をひねりながらもう終わったような顔をする文次郎と留三郎さお茶を口にした。
思った以上に緊張していた体に水分が清々しく染み渡る。
「難しいとこはもうないがな」
「だが、油断は禁物だ」
軽くなったペットボトルの底でぽんぽんとお互いの頭を叩き合っているとあっと気がついたように文次郎は目を丸くした。
「そいや今日、何組かでかい劇団のお偉いさんが見にきてるらしいぞ」
「は?」
こんな田舎の学校の演劇部の定期公演会にか?と留三郎は思ったがすぐさま今日の主役を思い出して納得した。
「仙蔵か」
「そうだ。色んなとこから狙われてるらしい」
「確か、前に誘われたって話しを聞いたな」
「あの時は断ってた」
複雑な顔をする文次郎。
気持ちを察した留三郎も眉間にシワを寄せた。
文次郎も留三郎も同じ演劇の仲間としては大きな世界で頑張って欲しいが、在学中はせめて一緒に部活を楽しんで欲しいと言う気持ちもある。
仙蔵と恋人同士である文次郎なら尚更、一緒に部活を、否、学生生活すらも楽しんで欲しいだろうし楽しみたいだろう。
再び静かになってしまった空間を崩すように文次郎は笑った。
「まぁ、選択肢は多いにこした事はないな」
意図を察して留三郎も笑う。
結局それは自分たちの我が儘なのだ。
「せいぜい俺たちが足を引っ張らないようにしないとな」
「そうだな」
「まぁ、まだ仙蔵もさよならは言わないだろう」
「あぁ、仙蔵にさよならは言えない」
「勿論、俺らもな」
二人は目を合わせて笑みを交わした。
それからさて、と気合いを入れ直す。
第二幕の開幕を告げるブザーが、二人の耳にも届いた。