※大学パロ
(仙蔵と伊作と三木ヱ門)
それはもうすごい雨である。
夏の午後四時なんざまだ太陽がいれば絶好調に明るい筈なのに分厚い雨雲のせいで今は真っ暗。
真っ暗な上にざっばーと土砂降り。
三木ヱ門はそんな自分の心を映したような空にため息を送った。
ちゃりっと手の中でバイクのキーが鳴く。
よしとそれを握り締めて黒い滝の世界に一歩を踏み入れようとした。
「待て待て待て!」
「こんな中バイクで帰るつもりなのか!」
ぐいっと三木ヱ門の肩を引っ張ったのは二つの腕。
大学の有名人、仙蔵と伊作である。
意外な顔に三木ヱ門は目を見開かせた。
「突然失礼、私は立花 仙蔵」
「僕は善法寺 伊作」
「知っています」
「そしてお前は田村 三木ヱ門」
「何故、知っているんですか?」
「「でかいバイクの有名人」」
綺麗に揃えた声で、二人は手を離した。
でかいバイク、成る程、なら仕方ないと三木ヱ門はうなずいた。
「どうして止めたんですか?」
「明らかに危ないからだろ!」
いつも遠目に見る分には決して激情など持たなそうな大学のアイドル二人が至極真剣な顔をしている。
三木ヱ門が中学生と高校生の頃になりたいと思っていた学園のアイドルがたかが持っているバイクがでかいというだけの男に向かって至極真剣な顔をしている。
理解できなくて三木ヱ門は眉間に皺を寄せた。
「飛ばしたい気分なんです」
思わず零れた本音の前に二人は深刻そうな表情をした。
三木ヱ門はそれが本音だったと気付いて仕舞ったと思うが遅かった。
仙蔵は整った顔を痛ましそうに歪め伊作は愛らしい丸い目を静かにさせている。
「なにがあったんだ?」
「よかったら聞かせてよ」
優しげな態度に湧き上がるのはヤケクソ染みた嫉妬だった。
どうせこいつらに私の苦しみなんかわかるまい。
だったら一つぶつけてやろうじゃないか。
三木ヱ門は拗ねた目つきと自嘲の口元で打ち明ける。
「振られたんです」
「お前が?」
驚きの声を上げた仙蔵と伊作。
伊作は失礼だろうけどと前置いて聞いてくる。
「告白はしたの?」
三木ヱ門は二人から目を外してもう一度黒い空を見上げた。
どしゃぶりをもたらすそいつが、ピカリと光って一拍後に獣の唸り声を上げる。
酷い空、優しい空。
早く愛車に跨って、この轟音に紛れて仕舞いたい。
五月蝿い雨を切り裂いてらしくない叫び声をあげてしまいたい。
「男と手を繋いで歩いているのを見たんです」
どしゃどしゃ五月蝿い。
ぱんと背中を叩かれた。
痛い強さではないけど染みる。
伊作の手がそうした。
「じゃあ、バイクじゃなくてさ、普通に走ろうよ」
「…普通?」
「おっ、いいじゃないか、それ」
仙蔵と伊作が軽い準備運動をする。
高そうな洋服が伸び縮みする。
「流石に鞄は置いて行こう」
「だね。パソコン入ってるし」
ぽいぽいと身に着けていたものを講義棟のガラス扉の前に置いて二人はズボンの裾を捲くる。
走るなんて三木ヱ門は決めていないのに。
戸惑う間に二人は一足先に雨のカーテンへ。
「うわっ!」
「つ、冷たい!!」
仙蔵の綺麗なさらさらの髪があっという間にべったり張り付いて台無しになる。
伊作の白いTシャツもすぐに彼に張り付く。
「取り敢えず、ゴールは噴水池の女神像だな」
「女神像に一番先に触った人が勝ちってことで」
「やはり勝負になるのか」
「なっちゃいます」
髪をかき上げたり腕のストレッチをしながら仙蔵と伊作は土砂降りに笑い声を絡ませていく。
殆ど怒鳴りあって喋っているのだがそう感じさせない。
二人はふとまだ立ち尽くす三木ヱ門に手を差し伸べた。
ほらっと笑う手の先で水が小さな滝を作って落ちていっている。
飛び込みたかったのは三木ヱ門なのに先を越されて。
今、雨がこの距離を確かにしていて。
「三木ヱ門」
呼んだ声は雨のせいでどちらのものか分からない。
「「飛び込もう!」」
つられて三木ヱ門は一歩、雨へ踏み出した。
途端にくるりとこちらを向く二つの濡れた背中。
がしゃっと水に包まれる。
あっと思う間に手の中からバイクのキーが落ちて。
目の前では四つの足の裏が水飛沫飛ばしている。
「お先!」
「仙蔵、卑怯!」
「お前だって同じこと考えてただろ!」
スタートの合図に仕立てられた三木ヱ門のその足が自然に駆け出す。
自分が一体何を思って走り出したのか、雨が考察を地面に叩きつけて砕いてしまう。
他の雨粒は容赦なく降って三木ヱ門を溺れさせようとしている。
「ビリには罰ゲームがあるからな、三木ヱ門!」
振り返らずに怒鳴りつける二人の背中は決してまだ、遠くへ行っていない。
追いつける、追い越せる。
じゃあさ、勝たせて貰わないと。
誰かと手を繋いだあの子の背中がふと脳裏を過ぎった。
けれどそれもすぐに雨に押し流されて、代わりに噴水池の女神像がイメージされる。
女神像は岩で出来ているからそう簡単に流されはしないだろう。
女神像に一番先に触れば栄光が手に入る。
声を掛けられなかった弱虫の私も許してやれるかも知れないな。
なんてもう笑って三木ヱ門はかかとに力を込めた。
合わせて涙の止まらない空で雷鳴が重く勇ましく轟いた。