(仙蔵と作兵衛)
朝起きて顔を洗いに行くと、先客がいた。
おはようございます、と作兵衛が声をかけると顔を水で濡らしたまま仙蔵が振り向く。
そして、ぎょっとした顔になった。
粋なりそんな顔をするなんて幾らなんでも失礼だなと思うも口にはせず、どうかしました?とだけ尋ねる。
「作兵衛、顔が酷いぞ」
「…?」
きょとんとして首をかしげる。
「こちらに来てみろ」
仙蔵に腕を引っ張られ、水を張った桶に顔を向けさせられる。
水鏡の中には自分の顔があった。
ただし、常と違う点はその頬には大きな痣ができていることだった。
作兵衛はうつ向いて大きなため息を吐いた。
原因には心当たりがある。
というか一つしかない。
昨日、左門と三之助に振り回されて転んだ際に頬を強打したのだ。
左門と三之助に腹を抱えて大笑いされたのには腹が立ったが幸い血は出なかったし痛みもさして後に引かなかったから問題はないと思っていた。
甘かったようだ。
仙蔵の方に向き直りどのくらい酷いですか?と問う。
水鏡でははっきりした色合いまではわからない。
「赤いと言うか青いと言うか」
「紫、ですか?」
「いや、黒い。後、少し腫れてるな」
言われて、頬に触れてみる。
確かに少し腫れていて、一晩経った今でもはっきりした熱を持っていた。
保健委員はまだ皆寝ているだろうしどうしたらいいものかと作兵衛は首をかしげ考えていると不意に仙蔵に頬を触れられる。
「!?」
「警戒しないでくれ。おまじないをしておくだけだ。保健委員が起きてくるまでの気休めに、な」
太い指で豪快に触られる事には慣れていたが細い指で優しく触れられる事には慣れていない作兵衛は身動きが取れない。
なにをされるのかと考えると不安ではあったが、頬を包む優しい暖かさが退避を許さない。
行くぞと声をかけられ作兵衛は身構えた。
「痛いの痛いの飛んで行け」
ぽかんと作兵衛の口が開く。
「喜八郎に教えて貰ったんだ。痛い時はこうするといいと。痛みなど気の持ちようでなんとかなるものだからな」
どうだ?と仙蔵は尋ねる。
「あ、あの、えっと、…痛くなくなりました」
「ふふっ、よかった」
にっこりと笑う仙蔵に合わせて作兵衛も笑う。
ふっと気がつけば空はもう明るくなっていた。
保健委員が起きはじめるまで後数十分、この痣の腫れが少しでも引く事を作兵衛は一人で願った。