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※現代学パロ

(留三朗と与四郎)


与四郎はついぽかんと口を開けてしまった。
自転車を颯爽と漕いでいたらすぐ先に留三朗がいたのだ。
いや、それだけなら別に驚くこともないのだが、何故か留三朗は道端でぶんぶんと手を振り回していた。
道のど真ん中で独りで手を振り回している留三朗は不審者以外の何者でもない。
もし向かいの歩道で見かけたのなら与四郎でも見なかったことにして仕舞うかもしれなかった。
だが幸か不幸か留三朗は与四郎の進行方向にいる。
一声かけるかとペダルを踏む足に力を入れた。
すぐ近くまで来てやっと与四郎は、ははあと感づいた。


「留三朗、しゃがめ!」

「!」


留三朗は言われた通りに即座に姿勢を落とす。
そしてはあはあと荒い息を繰り返しながら呟いた。


「し、死ぬかと思った」

「大袈裟だぁなぁ」


ペダルから足を離して地に付くと先程、留三朗が立っていた辺りの宙を見やる。
小さな虫が軍勢を成して飛び回っていた。
おおかた、考え事でもしながら歩いていてそのまま突っ込んでしまったのだろう。
与四郎がけらけらと笑 うと留三朗はむっとした顔をしてじりじりと移動しそしてやっと立ち上がった。


「虫、ついてないか?」

「あ、ひっついてる」


びくっと身を強ばらせた留三朗に手を伸ばすと髪を払ってやる。
ぱたぱたと与四郎の手が動く間、留三朗はじっとしていた。
よし、と頷くとやっと生きた心地がしたように息を吐いた。


「虫けれぇで動揺し過ぎだべ」

「一匹ならなんともないんだが、…あれだけいるとな」


そう言って苦笑を浮かべ宙を見やる。


「よし、決めた。暫くこの道は通らない」

「都会っ子はこれだから」

「五月蝿い、田舎者」


軽口を叩けるだけ落ち着いたらしい留三朗に与四郎は笑いながら前の籠を指す。
鞄を入れろということだ。


「後ろ、乗んべよ」

「俺がこいでやるよ」

「いいのか?」

「おうよ!」


与四郎は留三朗の言葉ににっこりと笑い留三朗の肩に手をついて足を引っ掛ける。


「行くぞ!…落ちるなよ?」

「おうよ!」


景色が後ろに進み出す。


「なぁ、留三朗」

「なんだ?」

「風が気持ちいいべなぁ」

「そうだな」

「…平和、だなぁ」

「そうだな」


徐々にスピードを上げだした自転車の前と後ろで風を全身に受け、見飽きた綺麗な青い空を見ながら留三朗と与四郎は声を上げて笑った。


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